漆壺うるしつぼ)” の例文
「しかも、今夜にかぎって、漆壺うるしつぼのような闇夜ときている。あきらめようじゃねえか。人為じんいは尽したぜ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんづまりの真ッ暗な岩壁が、右側へ少しくぼみこんでいるらしい。その袋穴の漆壺うるしつぼみたいな狭い所に、人の眼らしいものがギラリと光っている。動かずに光っている。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その間は西方の沢がすそをひいて、まるで漆壺うるしつぼのような闇の盆地を抱いている。淙々そうそうとして白きは水、岸々がんがんとして高きは岩、関羽や関平の駒は幾たびも石ころや蔓草つるくさにつまずきかけた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御堂みどう格子扉こうしどへ、彼は顔をよせてみた。中は漆壺うるしつぼをのぞくようでなにも見えない。ガラリッと、彼の手から扉を引く音がひびくと、犬は、尾を振って、小次郎の足もとへおどって来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肉眼に見えぬ夜の空も、絶えず動いているものとみえまして、麓あたりでは漆壺うるしつぼのようだったのが、いつか、月こそないが冴え渡って、一粒一粒に星の光がけんを競っているようです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せめて、対手あいての風貌でも見ればだが、まったく漆壺うるしつぼのような天地——時折の稲妻は、ただ、そこに立った侍のどれもが、一様に覆面しているらしいのを、チラと見せたにすぎないのである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漆壺うるしつぼをのぞくに似た陰たる鬼気のただよいであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)