淵叢えんそう)” の例文
あたかもこの時に当り小説家の淵叢えんそうたりし硯友杜けんゆうしゃの才人元禄文学の研究と共にまた盛んに俳句を咏ぜしは斯道しどうの復興にあずかつてはなはだ力ありしなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この中古學問の淵叢えんそうたる市に近づくとき、ジエンナロのいふやう。縑帛けんぱく黄變わうへんすべし。サレルノ騷壇の光は今既に滅せり。されど自然といふ大著述は歳ごとに鏤梓るしせらる。
碩儒せきじゅ淵叢えんそうたるゲルマン帝国のごとき、その政治ははたして人民の幸福を進捗しんちょくするに足るか。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
例の「君台観左右帳記」にも見られるような淵叢えんそうを成したことは人も知る所である。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
処もあろうに現代文化の淵叢えんそうであり権威である九州帝国大学のまん中の、まひるの真只中まっただなかに、ほとんど仮初かりそめに私の指先に触れたと思う間もなく、早くもその眼に見えぬ魔手をさし伸ばして
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これによってお玉ヶ池の地は久しい間東都文雅の淵叢えんそうとなっていたが、度々の火災に二家の旧居も蕩然とうぜんとしてその跡なく「都門の文雅も遂に寥落りょうらくを致す。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
むかし殷馗いんきというて、よく天文に通じていた者が、群星の分野をぼくして、この地かならず賢人けんじん淵叢えんそうたらん——と予言したことは、今も土地の故老がよく覚えていることだが、要するに
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)