樺太かばふと)” の例文
その真野博士が去年の夏、樺太かばふとへ往つた事があつた。知合しりあひの男に二頭立の馬車を周旋して呉れるものがあつたので、博士は大喜びでその馬車に乗つた。
せめて奥州、北海道、樺太かばふと乃至ないし大陸の露西亜ろしあとか西比利亜とかでなければ、本当の冬の趣味は分からぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「人間も樺太かばふとまで行けば、もう行く先はなかろうな」と私が調戯からかうと、彼は「まあそんなものだ」と答えて、私のまだ見た事のない樺太の話をいろいろして聞かせた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
監視付きの小樽おたるの下宿屋にゴロゴロしていると、樺太かばふとや北海道の奥地へ船で引きずられて行く。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
数百万の生霊の代償として露西亜から貰った樺太かばふとの油田が思わしからず、台湾の新油田も多寡たかの知れたものである事が判明している今日こんにち、石油の不足から来る覿面てきめんな戦闘力の不足のために
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「赤いのは」と聞けば「色でそめやしたで」とまた扇を叩いた。色は樺太かばふとのフレップ酒に似て、地の味はやはり焼酎の刺激がある。土地の名産忍苳酒にんとうしゅ味淋みりんに強い特殊の香気を持たしたものらしい。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
宮部みやべ博士の説明で二三植物標本を見た。樺太かばふとの日露国境の辺で採収さいしゅうして新に命名された紫のサカイツヽジ、其名は久しく聞いて居た冬虫夏草とうちゅうかそう、木のずいを腐らす猿の腰かけ等。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私はちょっと立ち留まって考えた上、「なるほど方角は樺太かばふとの方がたしかなようだ」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
馬車馬の喧嘩は樺太かばふとでも珍らしい事なので、さうかうするうち其辺そこらは見物人で一杯になつた。どちらを見ても知らぬ顔なので、博士は急に東京のうちが恋しくなつて泣き出しさうな顔を歪めてゐた。
それも秋田から横手にうつされて、今では樺太かばふとの校長をしているのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)