“榎本武揚”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
えのもとたけあき88.9%
えのもとぶやう11.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
瘠我慢(やせがまん)の説(せつ)は、福沢先生が明治二十四年の冬頃に執筆せられ、これを勝安芳(かつやすよし)、榎本武揚(えのもとたけあき)の二氏に寄せてその意見を徴(もと)められしものなり。
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
碑の背面に食人之(ひとのしょくを)食者(はむものは)死人之事(ひとのことにしす)の九字を大書して榎本武揚(えのもとたけあき)と記し、公衆の観に任して憚(はばか)るところなきを見れば、その心事の大概(たいがい)は窺(うかがい)知(し)るに足(た)るべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
〔評〕榎本武揚(えのもとぶやう)等五稜郭(りようかく)の兵已に敗る。海律全書(かいりつぜんしよ)二卷を以て我が海軍に贈(おく)つて云ふ、是れ嘗て荷蘭(おらんだ)に學んで獲(え)たる所なり、身と倶に滅(ほろ)ぶることを惜しむと。