朦々もうもう)” の例文
そのあたりには絶えず煙草たばこの煙が朦々もうもうと立ちあがり、雑然とした話し声、何か急を報ずる叫び声、電話をかけるののびた話し声
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
薄瑪瑙色の光であった。だが爪と足指とへは、灯明の火は届かなかった。で朦々もうもうと煙っていた。右足は地の上へ敷かれていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三日午後六時頃府下大崎町桐ヶ谷×番地無職近藤進方にて轟然たる音響が起り同時に窓より朦々もうもうたる白煙の噴出するのを
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
小灯こともし朦々もうもうと包まれた湯気の中から、突然いきなりふんどしのなりで、下駄がけで出ると、さっと風の通る庇間に月が見えた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窮屈な食堂から解放された三十人の客は、男は男、女は女——いやどうかすると紳士と淑女と入れ交って、朦々もうもうたる煙草たばこの煙の中に談笑の花を咲かせて居ります。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
あたりには、煙草の煙が朦々もうもうと立ちこめて、部屋じゅうがもやに包まれているように見えた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
朦々もうもうと立ちめた場内の汚れた空気の中に、曇りのない鮮明な輪郭をくッきりと浮かばせて、マントの蔭からしなやかな手をちらちらと、魚のように泳がせているあでやかさ。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
病友は朦々もうもうとして眠っているのか覚めているのか判らない場合が多い。けれども咽頭奥のどおくつぶやくような声がしているので鼈四郎べつしろうが耳を近付けてみると、うたを唄っているのだった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
最も親しい身内の者でも、ただぼんやりした影の形にすぎなくなって、人生の朦々もうもうとした奥の方に辛うじて認められるだけで、それもすぐに見分けのつかないもやの中に消えうせてしまう。