摩違すれちが)” の例文
不取敢とりあえず、相川は椅子を離れた。高く薄暗い灰色の壁に添うて、用事ありげな人々と摩違すれちがいながら、長い階段を下りて行った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すぐ家に入ろうとしたが、まだ当人が帰っておらぬのに上っても為方が無いと思って、その前を真直まっすぐに通り抜けた。女と摩違すれちがたびに、芳子ではないかと顔を覗きつつ歩いた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
摩違すれちがひざまに沈んだ目で車を見上げて過ぎた。憤を歯から出さぬと云つた意気込が小児こどもながらその顔に見えた。湯村は後から振返つたが、母衣ほろかぶさつてゐるので無論見えぬ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
旅行用の枕を大負けに負けて売つてるもののとなりに、不思議にあた人相見にんさうみの洋服の男がゐて、その周囲を取巻いて、人が黒山のやうにたかつてる。をり/\摩違すれちがふ娘の顔は白かつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)