揺蕩ようとう)” の例文
旧字:搖蕩
いつも民間の論議に揺蕩ようとうせられつつ、何らの自信も無く、可否を明弁することすらもできないのは、権能ある指導者の恥辱だと思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
机から急に立上つた身体の動揺から私は軽微の眩暈めまいがしたのと、久し振りにあたる明るい陽の光の刺戟しげきに、苦しいよりかえっ揺蕩ようとうとした恍惚こうこつに陥つたらしい。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
けだし一たん縹渺ひょうびょうたる音楽の世界へ放たれて揺蕩ようとうする彼のリアリズム精神は、再び地上に定着されるや、ほかならぬその形式のもとに安固たる不滅の像をむすんでいるからである。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
その薬を飲み、薬の作用が現れ出し、わたしを何もかもを一念に似る揺蕩ようとうとした薬効の世界へ融し漂わして呉れる気分に乗じてきょうやっとわたしは揮毫し始めた。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは一度揺蕩ようとうとした世界を覗いたあとのものだけにその索寞感はむしろ、更に強い。僕は、それに堪え兼ねて尚更に魅惑的の月光を求める。そしてその月光とは何か
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
性慾の敏感さ——すべて、執拗しつようなもの、陰影を持つもの、堆積たいせきしたもの、揺蕩ようとうするもの等がなつかしく、同時にそれはまたかの女に限りなくやましく、わづらはしかつた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
わたくしは、と見こう見して、ときどきは、その美しさに四辺を忘れ、青畳ごと、雛妓とわたくしはいつの時世いずくの果とも知らず、たった二人きりで揺蕩ようとうと漂い歩く気持をさせられていた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)