慶勝よしかつ)” の例文
過ぐるうるう四月に、尾州の御隠居(徳川慶勝よしかつ)が朝命をうけて甲信警備の部署を名古屋に定め、自ら千五百の兵を指揮して太田に出陣し
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
尾州慶勝よしかつが水戸の烈公と好く、多年の尊攘論者そんじょうろんしゃであり、竹腰派の勢力は今は怖るるに足らず、金鉄組の勢いが強く、成瀬、田宮の派が固めているから大丈夫——万一の際は
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その父前大納言慶勝よしかつが安政五年七月将軍家後嗣こうしの事に関して井伊大老のむ所となり退隠を命ぜられた時、元千代はまだ生れていなかったので、慶勝の弟茂徳しげのりが尾州家を継いだ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
建儲けんちょ問題に連坐した者はみんなやっつけようというんだ、井伊掃部の指図に違いない、尾張の慶勝よしかつ公、水戸の斉昭なりあき公、御三家でさえ謹慎隠居を命ぜられたくらいではないか、左内を
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木曾地方の人民が待ち受けている尾州藩の当主は名を茂徳もちのりという。六十一万九千五百石を領するこの大名は御隠居(慶勝よしかつ)の世嗣よつぎにあたる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旧領主慶勝よしかつ公時代から半蔵父子とは縁故の深い尾州家と、名古屋藩の人々とは、なんと言っても彼にとって一番親しみが深いからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時を気づかう尾州の御隠居(慶勝よしかつ)が護衛の兵を引き連れ熱田あつたまで新帝をお出迎えしたとの話を持って来るのは、一番年の若い蓬莱屋ほうらいやの新助だ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
尾張藩主(徳川慶勝よしかつ)の名代みょうだい成瀬なるせ隼人之正はやとのしょう、その家中のおびただしい通行のあとには、かねて待ち受けていた彦根の家中も追い追いやって来る。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吉左衛門親子には間接な主人ながらに縁故の深い尾張藩主(徳川慶勝よしかつ)をはじめ、一橋慶喜ひとつばしよしのぶ松平春嶽まつだいらしゅんがく山内容堂やまのうちようどう
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
本所横網ほんじょよこあみには隅田川すみだがわを前にして別荘風な西洋造りの建物がある。そこには吉左衛門時代から特別に縁故の深い尾州家の老公(徳川慶勝よしかつ)が晩年の日を送っている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今一度は例の黒船騒ぎで、交易を許すか許さないかの大評定だいひょうじょうで、尾州の殿様(徳川慶勝よしかつ)の御出府の時。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
過ぐる年の冬あたりから、尾張藩の勤王家で有力なものは大抵御隠居(徳川慶勝よしかつ)に従って上洛じょうらくしていたし、御隠居とても日夜京都に奔走して国を顧みるいとまもない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)