御伽噺おとぎばなし)” の例文
こうしたじめじめした池沼ちしょうのほとりの雰囲気はいつも自分の頭のどこかに幼い頃から巣くっている色々な御伽噺おとぎばなし中の妖精を思い出すようである。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
金の卵のはなしから書き始めようとしても、幾久しく聞き馴れた月並の御伽噺おとぎばなしにありふれた事では面白からず、因って絶体絶命、金の卵の代りにキンダマばなしからやり始める。
浦島に於ける竜宮、または雀の宿、日本の御伽噺おとぎばなしはみな古人の妾宅へのあこがれを伝えたものだ。君は僕のお伽草紙という著書を読んだかね? なに、読まない? 不勉強極まるね。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
雨にとざされた山の中の宿屋で、こういう昔の物語めいた、うそまことか分らないことを聞かされたときは、御伽噺おとぎばなしでも読んだ子供の時のような気がして、何となく古めかしいにおいに包まれた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
王 (王女のかみでながら)有難ありがとう。よくそう云ってくれました。わたしも悪魔あくまではありません。悪魔も同様な黒ん坊の王は御伽噺おとぎばなしにあるだけです。(王子に)そうじゃありませんか?
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この中に大きな人間が這入っていたなんて、御伽噺おとぎばなしの魔法のつぼじゃあるまいし
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ワンダーランドのアリスの冒険の一場面を想い出した。顕微鏡下の世界の驚異にはしかし御伽噺おとぎばなし作者などの思いも付かなかったものがあるらしい。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
老人はふすまに背をもたせて御伽噺おとぎばなしの本を眼鏡でたどっていた。私は裏庭を左にした壁のオルガンの前に腰かけて、指の先の鍵盤から湧き上がる快い楽音の波に包まれて、しばらくは何事も思わなかった。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)