夏霞なつがすみ)” の例文
智恩院聖護院の昼鐘が、まだ鳴り止まない。夏霞なつがすみ棚引きかけ、眼を細めてでもいるようななごみ方の東山三十六峯。ここの椽に人影はない。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あしの向うには一面に、高い松の木が茂っていた。この松の枝が、むらむらと、互にせめぎ合った上には、夏霞なつがすみに煙っている、陰鬱な山々のいただきがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて道は急坂きふはんの上に尽く。此あたりやゝ快濶たる山坡さんばの上、遠くヘルモン山の片影へんえいを見得べしと云ふ。今日は空少し夏霞なつがすみして見えず、余等はこゝにて馬車を下る。エルサレムより約八里。
むし暑く夏霞なつがすみのたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、七月のある日ざかりである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
果樹園や畑の見えるだらだら下りの裾野平すそのだいらはてに、小唄こうたで名高いY——山の山裾が見え、夏霞なつがすみがうっすりめている中になみがきらりきらり光った。り取ってしてある熟麦の匂いがした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)