味噌摺みそすり)” の例文
「畜生ツ、代診野郎の味噌摺みそすり新六の告げ口だらう。——覺えてゐるが宜い——でも私は毒藥は盜んだが、それを使つたわけぢやない」
しかし御覧の通り、木のはし同然のものでありますので、別に名告なのりますほどの苗字とてもありませぬ。愚僧は泉岳寺の味噌摺みそすり坊主でござる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学士がくしですのなんのと云ツたところ味噌摺みそすりはふらずお辞義じぎ礼式れいしきじゆくせざれば何処どこいつてもけいしてとほざけらる〻が結局おちにてだしもけいさるゝだけをとくにしてめてもの大出来おほできといふべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
私にして見れば、味噌摺みそすり用人の一人や二人に腹を切らせるより、一萬二千石の大名を叩き潰す方が、どんなに溜飮が下がるかわからねえ。
「たつた今、十兩に利子をつけた金を返さなきや、娘を奉公に出せ、それが嫌なら——と味噌摺みそすり用人の岸井重三郎といふのが刀をヒネくり廻しての強談」
あつしの背後へ廻つた味噌摺みそすり用人奴、小笠原流で靜々とした起ち居振舞ひだから、うつかり油斷をして居ると、横合ひから、あつしの脾腹ひばらへどかんと來た。
「貧乏旗本の味噌摺みそすり用人と來た日にや苦手だ。暫くやり過しませうか、飯田町はこれだから嫌ひさ」
「俺の母親が、丁度そんな眼に逢つたんだ。やい、味噌摺みそすり用人奴、よつく聞きやがれ」
それに味噌摺みそすり用人でも何んでも武士たる者が、正面から曲者に咽喉のどを刺されるといふ間拔な法があるものか。——誰も曲者の顏を見たものが無いといふのも考へるとをかしなことだよ。
案内に立つた番頭の爲之助は、五十近い仁體、着實さうで腰が低くて、少しばかり卑下慢ひげまんな調子で、これが主人松平源左衞門世に在りし頃の味噌摺みそすり用人であつたとは思はれないほどです。
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
案内に立った番頭の為之助は、五十近い仁体、着実そうで腰が低くて、少しばかり卑下慢ひげまんな調子で、これが主人松平源左衛門りしころの味噌摺みそすり用人であったとは思われないほどです。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
武家だつた頃の味噌摺みそすり用人だつたさうで、五十年輩のニヤニヤした爺仁おやぢですが、あつしとお君が話して居るのを見かけて、——後で、お孃さんも可哀さうだ、親分は幸ひ仲が良いやうだから
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
武家だった頃の味噌摺みそすり用人だったそうで、五十年輩のニヤニヤした爺仁おやじですが、あっしとお君が話しているのを見かけて、——後で、お嬢さんも可哀そうだ、親分は幸い仲が良いようだから
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「あの味噌摺みそすり用人でなきゃ、下女のお初」
「あの味噌摺みそすり用人ぢやありませんか」