十軒店じっけんだな)” の例文
美音で思い出したが、十軒店じっけんだなにも治郎公なぞと呼んでいた鮨屋が、これもい声で淫猥な唄ばかり歌って、好く稲荷鮨いなりずしを売りに来たものだった。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
あすは雛の節句で、十軒店じっけんだな人形町にんぎょうちょうの雛市はさぞたいへんな人出だろうが、本郷弓町の、ここら、めくら長屋では節句だとて一向にかわりもない。
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と、十軒店じっけんだなの治郎さんの、稲荷鮨いなりずしが流してくるようにならなければ、おでんやや、蠑螺さざい壺焼つぼやきやも出なかった。
めっきり夏近い日が車窓のガラスに光っている日曜の午前、十軒店じっけんだなの五月人形屋の店の前を、乗っている市内電車が今通るところ、木原店の木原亭へ昼席へゆく途中だった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
十軒店じっけんだなで近頃出来合の品物じゃあないんだそうで、由緒のあるのを、お夏さんのに金に飽かして買ったって申しますがね、内裏様が一対、官女が七人お囃子はやしが五人です、それについた、箪笥たんす、長持
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
売声うりごえで今一つ明治前に名高かったのは、十軒店じっけんだなの治郎公というのが、稲荷鮨いなりずしを夜売り歩いた。この治郎公は爺でしたが、声が馬鹿に好い、粋なのどでしたので大流行を極めた。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)