“まるがめ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
丸亀62.5%
丸龜37.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
讃州(さんしゅう)丸亀(まるがめ)の京極(きょうごく)、阿波(あわ)徳島(とくしま)の蜂須賀(はちすか)、姫路の本多、伊予の松平など、海には兵船をつらね、国境には人数を繰出(くりだ)し、この赤穂領を長城(ちょうじょう)の壁のように囲んで、鏃(やじり)や砲筒(つつ)を御家中へ向けている
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名は燿蔵(ようぞう)、諱(いみな)は忠輝(ただあき)、号を胖庵(ばんあん)といい、祭酒(さいしゅ)林述斎(じゅつさい)の第二子である。弘化二年十月罪を獲て改易(かいえき)となり、その身は讃州丸亀(まるがめ)の領主京極(きょうごく)氏の藩中に禁固せられた。時にその年五十歳であった。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「去年お取潰しになつた、讃州(さんしう)丸龜(まるがめ)の山崎志摩守(しまのかみ)樣の御下屋敷跡ですよ。土藏一つだけ殘つて居ますが、あれはひどい雨漏(あまも)りで、山崎樣御盛の頃拂下げになり、取こはすつもりで、そのまゝになつて居ります」
察(さつ)し是々御浪人我等は此樣に見苦しき身形(みなり)故(ゆゑ)定めて不審(いぶかし)き者と思(おぼ)されんが必ず御心配なさるに及ばず某は讃州(さんしう)丸龜(まるがめ)に住居なす後藤半四郎秀國(ひでくに)とて劔道(けんだう)指南(しなん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)