紺青こんじょう)” の例文
私は直ぐにそれをつまんで白菜パイサイの畑のなかに投げ込んだ。そうして、ほっとしたように見あげると、今朝の空も紺青こんじょうに高く晴れていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もしそれ、紅葉時こうようどきの全渓燃ゆるような美しさを、紺青こんじょうの海を周囲に控えた普賢の頂上から見下した壮観は、想像したたけでも心がおどる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
くまなく晴れあがった紺青こんじょうの冬の空の下に、雪にぬれた家々のいらかから陽炎かげろうのように水蒸気がゆらゆらとのどかに立ち上っていた。
空は底知れぬ紺青こんじょうに晴れ渡り、海は畳の様に静かだった。飛込台からは、うららかな掛声と共に、次々と美しい肉団が、空中に弧を描いていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けさまでは雨雲に閉じられていた空も見違えるようにからっと晴れ渡って、紺青こんじょうの色の日の光のために奥深く輝いていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは日本人と西欧人の食慾、その食慾をよび出す色彩が、海の紺青こんじょうと、燃ゆるような浅緑の色と、そういう違いがありそうだということである。
乳と蜜の流れる地 (新字新仮名) / 笠信太郎(著)
やがて高く舞り上がって、下をみると、紺青こんじょうの海のうえに立つ白いあわは、なん百万と知れないはくちょうが、水のうえでおよいでいるようでした。
この雲の上には実に東京ではめったに見られない紺青こんじょうの秋の空が澄み切って、じりじり暑い残暑の日光が無風の庭の葉鶏頭はげいとうに輝いているのであった。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
扇子おうぎを開いてふたをした。紺青こんじょうにきらきらと金が散る、こけに火影の舞扇、……極彩色の幻は、あの、花瓶よりも美しい。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紺青こんじょうで、そしてつばさのさきには、ふとい金のすじが二本とおっていて、よくみればみるほど、かわった鳩でした。
電気鳩 (新字新仮名) / 海野十三(著)
荒海の衝立、怒り狂う紺青こんじょう波頭なみがしらを背にして、小袖の前を掻き乱したまま、必死の笑いに笑い狂う美女の物凄さ。
註に曰く、金形馬に似、碧形鶏に似ると。これも金で馬、碧すなわち紺青こんじょうで鶏を作り、神とあがめいたのであろう。
この事件ではっきり区別できる色といえば、まず海の緑、空の紺青こんじょう、砂の灰——とこの三つしかない。ところが支倉君、この三色刷を見詰めているとだ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
部屋を出る時、振り返ったら、紺青こんじょうの波がくだけて、白く吹き返す所だけが、暗い中に判然はっきり見えた。代助はこの大濤おおなみの上に黄金色こがねいろの雲の峰を一面にかした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁度暗い森の樹間このまを通してれる光のように、聖者の像を描いた高い彩硝子いろガラスの窓が紺青こんじょう、紫、紅、緑の色にその石の柱のところから明るくけて見えていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「うむ、いいな……」思わずひとみ四方よもせた。紺青こんじょうの海遠く、淡路の島影は夢のよう。すぐ近くには川口の澪標みおつくし青嵐あおあらしの吹く住吉道すみよしみちを日傘の色も動いて行く。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつの間にか硝子ガラス戸も閉ざされたとみえて、模糊もこと漂っている春の夕暮れの中に、さっきまでの明るい紺青こんじょうの海ももうまったくの、ドスぐろさに変っているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
南国なんこくの空は紺青こんじょういろに晴れていて、蜜柑の茂みをれる日が、きらきらした斑紋はんもんを、花壇の周囲まわりの砂の上に印している。厩には馬の手入をする金櫛かなぐしの音がしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは晩春の明るい正午おひるさがりのことでありました。紺青こんじょうたたえたような海には、穏かな小さな波があって、白い沙浜すなはまには、陽炎かげろうが処どころに立ち昇っておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ゴザをしいた船のどうに横いざりにすわった足を、袴はうまくかくして、深い紺青こんじょうの海の上を、船は先生の心一つをのせて、櫓音ろおとも規則ただしく、まっすぐに進んだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
皿のふちにずらりと鼻をならべた赤や茶や紺青こんじょうやの鹿の輪は葦辺踊りの美しい子たちの姿である。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
彼は机に左手のひじを突いてゆったりとあごを支え、右手をふところに入れて眼をつむった。はるかに遠く紺青こんじょう色の山脈と、それをとり巻いて動かないたな雲が眼の裏にうかぶ。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
南国の海の紺青こんじょうをながめてぼんやり夢みながら、あるいはまたなまあたたかい夜、サン・マルコの広場に長い時をすごしたあと、そこから大きな星のかがやく空のもとを
山猿のような例の老爺おやじが先に立って私と後藤君とは山道に掛かりましたが、左の方は断崖絶壁……下をのぞいて見ると、幾十丈とも分らぬ谷底の水が紺青こんじょう色をして流れている。
ヒュッ、ヒュッと音をたてて、粘土の標的クレエ放出機トラップから飛び出す。生きもののようにもつれながら海の面をすべって行ったと思うと、急角度を切って紺青こんじょうの空へ舞いあがる。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ああそうですか、それと並んで紺青こんじょうのよろいを着て鉢巻きをしているのはどなたですか」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そういえば、昨夜はもう窓が白みはじめていた、と私は思った。いつのまにか初夏も終りかけているのだ。みずみずしい紺青こんじょうに輝く湘南の海の肌が、ふと私の目にうかんできた。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
とペンネンネンネンネン・ネネムはけだかい紺青こんじょう色にかがやいてしずかに云いました。
その前には、鉄の冠を戴いて、白い顔に黒いひげいきおいよく生やし、紺青こんじょうの着物を着た立派な冬の男神おがみと、緑色の髪に花の冠を戴いて、桃色の長い着物を着た春の女神とが座わっています。
雪の塔 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
夕日の名残なごりをとゞめてあかく輝やいた駒が岳の第一峰が灰がかった色にめると、つい前の小島も紫から紺青こんじょうに変って、大沼の日は暮れて了うた。細君はまだスケッチの筆を動かして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
紺青こんじょうに発火している空、太陽に酔った建物と植物、さわるとやけどする鉄の街燈柱、まっ黒にっているそれらの影、張り出し前門ファサードの下を行くアフガン人の色絹行商人、交通巡査の大日傘ひがさ
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
厭味のない紺青こんじょうの、サンタヤナのライフ・オブ・リーゾンは五冊揃っていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
この時、私の頭にはふと一幅いっぷくの神異的な書面が思い浮んで来たものである。紺青こんじょう色の空に一輪の金色こんじきまるい月が出てその下は海岸の沙地すなちで、一面に見渡すかぎり清々とした西瓜すいかが植っている。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
とたちまち霧は消えてしまって、空は紺青こんじょうみわたって、その中を雲雀がかけていました。遠い遠い所に木のしげった島が見えます。白砂しらすなの上を人々が手を取り合って行きかいしております。
築地つきじの川は今よりも青くながれている。高い建物のすくない町のうえに紺青こんじょうの空が大きく澄んで、秋の雲がその白いかげをゆらゆらと浮かべている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いで、紺青こんじょうの波を蹈んで、水天の間に糸のごとき大島山に飛ばんず姿。巨匠がのみを施した、青銅の獅子ししおもかげあり。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『仏説楼炭経るたんきょう』一に拠れば、須弥山しゅみせんの山の北方の天下鬱単越洲の人、通歯髪紺青こんじょう色で身の丈八丈、面色同等長短また等し。通歯とはいわゆる一枚歯だろう。
九州の連山、天草諸島、すべてが遠きも近きも、一様にその裾を消して、頂のみをこの霞の中に現しているのだ。それがくっきりと濃い桔梗ききょう色であり、また紺青こんじょう色である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
畳の様におだやかな大海原の上、晴れ渡った紺青こんじょうの空高く、一台の飛行機が、大胆な曲線を描いて飛んでいた。その飛行機の尻尾しっぽからモクモクと湧き出す黒煙の帯。これだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黒潮に洗われるこの浦の波の色は濃く紺青こんじょうを染め出して、夕日にかがやく白帆と共に、強い生々いきいきとした眺めである。これは美しいが、夜の欸乃あいだいは侘しい。訳もなしに身に沁む。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
色は一刷毛ひとはけ紺青こんじょうを平らに流したる所々に、しろかねの細鱗さいりんを畳んでこまやかに動いている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日はまだ米山よねやま背後うしろに隠れていて、紺青こんじょうのような海の上には薄いもやがかかっている。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あたりはすっかり黄昏たそがれて広重ひろしげの版画の紺青こんじょうにも似た空に、星が一つ出ていた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八年前の十一月初めて奈良に来たゆうべ、三景楼の二階から紺青こんじょうにけぶる春日山に隣りして、てんの皮もて包んだ様な暖かい色の円満ふっくらとした嫩草山の美しい姿を見た時、余の心は如何様どんなおどったであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
空は紺青こんじょう色に晴れていた。附近で働いていた百姓たちが
人のいない飛行機 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かさかさと胸を開いて、仰向あおむけに手に据えた、鬼の面は、紺青こんじょうの空に映って、山深きこみちかすかなる光を放つ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先のななめに減ったつえを振り廻しながら寂光院と大師流だいしりゅうに古い紺青こんじょうで彫りつけた額をながめて門を這入はいると、精舎しょうじゃは格別なもので門内は蕭条しょうじょうとして一塵のあとめぬほど掃除が行き届いている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甲板の寝椅子ねいすで日記を書いていると、十三四ぐらいの女の子がそっとのぞきに来た。黒んぼの子守こもりがまっかな上着に紺青こんじょう白縞しろじまのはいったはかまを着て二人の子供を遊ばせている。黒い素足のままで。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
見渡せばかすみの海に紺青こんじょうの眉のみ描く八十の島山
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
この色が、紫に、緑に、紺青こんじょうに、藍碧らんぺきに波を射て、太平洋へ月夜のにじを敷いたのであろうも計られません
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)