すだれ)” の例文
編笠から眺めると、土堤沿いの、大きい木蔭に、すだれを立てて茶店があった。樹の背後の土堤の草の中に、馬が二匹、草をんでいた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しとみをおろしすだれをふかく垂れている様子まで、夢の中で見たのと寸分ちがわないのを、不思議だなと思いながら、豊雄は門をはいった。
見るとさいわい小家の主人は、まだ眠らずにいると見えて、ほのかな一盞いっさん燈火ともしびの光が、戸口に下げたすだれの隙から、軒先の月明とせめいでいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その当時十五歳の少年は、思い出多きこの字書に対して、そぞろに我身の秋を覚えた。すだれの外にはきりの葉が散る。(明治四十四年九月)
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それも判らない。いくら醉つ拂つて居たにしても、すだれ一重の隣りで、人一人殺されるのを知らなかつたといふのは可怪をかしい——」
平常つね部屋へやりかゝる文机ふづくゑ湖月抄こげつせうこてふのまき果敢はかなくめてまたおもひそふ一睡いつすゐゆめ夕日ゆふひかたぶくまどすだれかぜにあほれるおとさびし。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ぼくは廊下境へ行って、そっと奥の方をうかがった。半分捲いたひさしすだれの目が、午後の日影を斜めに客間へ落していた。お客は一人だった。
暮れてから町々の提灯ちょうちんは美しくともった。すだれ捲上まきあげ、店先に毛氈もうせんなぞを敷き、屏風びょうぶを立て廻して、人々は端近く座りながら涼んでいた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其時そこに向いておろしてあったすだれ捲上まきあげたので、そなたを見ると、好き装束した女の姿が次第にあらわれた。簾は十分に上げられた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ええ、」ともいわず蝶吉はおもてを背けると、御所車のすだれの青い裏に、燃立つような緋縮緬ひぢりめんを、手にからんで、引出して、目をぬぐって
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縁側へ大きな螢がすつと飛んで來て、すだれへとまつてゐる。給仕に出た女中が、山から螢を取りよせて庭へ放してあるのだと教へてくれた。
多摩川 (旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
時々私の家との間の垣根かきねから私はのぞいて見るのですが、いかにもあの家には若い女の人たちがいるらしい影がすだれから見えます。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
縁にすだれがかかっている。左の縁にある籐の寝椅子ですっかり奥様になっているふみが知栄(五歳)に手紙を読んできかせている。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
悶々の想いを抱いて待ちわびている通盛のことを考え、使いの者は思い切って、通り過ぎるように装い、車のすだれの中へ手紙を投げ入れた。
そういう顔をバッとおおうてすだれのようにかかっているのは、髷のない乱れた髪の毛であって、歩むにつれてなびくように揺れる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
新秋しんしうもちいゝかぜすだれとほしてく、それが呼吸氣管こきうきくわんまれて、酸素さんそになり、動脈どうみやく調子てうしよくつ………そのあぢはへない。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
「娘は、暑いので雨戸を一枚あけて、そこへ竹のすだれをおろして、電気をつけたまま床の中にねころんで、何か書物を読んでいるらしいんだ」
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
外に西日よけに吊ってあるすだれがバタバタ云ってあおられていますが雨戸をあけられない。切れてしまいやしないかと心配です。
わがよろこび誠に筆紙のつくすべき処ならず幾重いくえにもよろしくとてその日は携へ来りし草稿『すだれの月』一篇を差置きもぢもぢして帰りけり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私の郷国きょうこく筑後の柳河やなかわは沖の端の水天宮の水祭みずまつりには、杉の葉と桜の造花で装飾され、すだれを巻き蓆張むしろばりの化粧部屋を取りつけた大きな舟舞台が
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
見たこともない氷柱つららすだれのきに下がっており、銀の大蛇おろちのように朝の光線に輝いているのが、想像もしなかった偉観であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
奥村氏の家は青銅いろに塗られしものにて、突出つきだされたる楼上ろうじやう八方はつぱうは支那すだれに囲はれ、一けんけんそれの掲げられたるより
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
川水は荒神橋の下手ですだれのようになって落ちている。夏草の茂った中洲なかす彼方かなたで、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒せきれいが飛んでいた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
処々より雪かこひの丸太あるひは雪垂ゆきたれとてかやにて幅八九尺ひろさ二間ばかりにつくりたるすだれかりあつめてすべての日覆ひおひとなす。
氷河氷の雨が、すだれを立てたように降りしきるかと思えば、また、太く垂れて石筍せきじゅんをつくり、つるつる壁を伝わる流れは血管のように無気味だ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
目をあげて見る蔀窓しとみどの外には、しとしとと——音がしたたって居るではないか。姫は立って、手ずからすだれをあげて見た。雨。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
すだれを垂れた窓のすぐ下から池で、ひろびろとした水面に、蓮が葉をうち重ねて茂り、そのところどころに、赤く白く、大きな花が咲いていた。
職人衆のうちのは景気よくあけっぱなしで、店さきへ並べて、奥の人たちも自慢そうにすだれのかげで団扇うちわづかいをしながら語りあっているのもあった。
ともかくも黄昏時たそがれどきではあるが、この男の出動する時刻にはまだ間もあるものと見え、いったん眼をまして、破れすだれをかかげて外の方を見渡した。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
枠の中の白い水が、蒸籠せいろうのように作ってあるすだれの底へ紙の形に沈澱ちんでんすると、娘はそれを順繰りに板敷に並べては、やがてまた枠を水の中へ漬ける。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「狭い駕籠で、定めて窮屈でありましょう。その上長途の事ゆえ、すだれを垂れたままでは、鬱陶うっとうしく思われるでありましょう。簾を捲かせましょうか」
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
市街の広場を圧するほど展開した岩組が、すだれの滝のように水で充ちている。その上にトリトンに牽かして行く貝殻型の車駕に御して海神がうそぶいている。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
西側は清涼殿のおもてで、黄いろいすだれが紅のひもで結ばれ、黒瓦くろがわらの下に平行にかかっているのが見られます。南側には紫宸殿ししんでんの後ろ側の板戸がありました。
ある日、同じように蓮香のことを思いつめていると、不意にすだれをあけて入ってきた者があった。それは蓮香であった。桑の榻の傍へきてわらって言った。
蓮香 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
向うの壊れ残りの寝殿にきものを捜しに往きますと、西の対にちょうど夕日が一ぱいさし込んでいて、破れたすだれごしにまだ若そうな女のひとが一人
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そこは前によく野の菜の物をあがなった、かくれた一軒家であったから網代車のすだれかき上げて、百姓の女に行き会った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
これが日除ひよけのすだれをとほして室内から見えるのである。壁紙が暗緑なので、エルアフイ夫人にはそれが窓の外に茂つた木立の延長のやうに感ぜられた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
おびははやりの呉絽ごろであろう。ッかけに、きりりとむすんだ立姿たちすがた滝縞たきじま浴衣ゆかたが、いっそ背丈せたけをすっきりせて、さっすだれ片陰かたかげから縁先えんさきた十八むすめ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ところどころ風通しの櫺子窓れんじまどもついているが、一つ一つ内側からすだれが下げてあるので、中の様子は見られない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
……あのひとがすーっとすだれを巻き上げて、こちらの方をちらっと見られた時の、そのかおかたちの美しさと云ったら、……それこそもう……(二人左へ退場)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そこに行くと、「君待つと吾が恋ひ居ればわが屋戸やどすだれうごかし秋の風吹く」(巻四・四八八)の方がうまい。似ているが初句の「君待つと」でしまっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そこには紅女や老婆が門口をふさぐように集まっていた。成の細君もそのいえへ入っていった。そこには密室があってすだれを垂れ、簾の外に香几こうづくえがかまえてあった。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
中京の大きなお店に、美しい、はん竹のすだれがかかっておりました。その簾には、花鳥の絵が実に麗しく、彩色してありましたので、頭にはっきり残りました。
書院の上段にすだれを掛け、めかけのお糸の方に三味線をひかせて豊後節を一段ばかり語り、平服に替えて出てきて
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ゆふべの風にさきだちてすだれを越え来るものは、ひぐらしの声、寂々として心神をとかす、之を聴く時おのづから山あり、自から水あり。家にありて自から景致の裡にあり。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
〽青すだれ川風肌にしみじみと汗に濡れたる(枕がみ袖たもと) 合びんのほつれをかんざしのとどかぬ(愚痴も惚れた同士命と腕に堀きりの櫛も洗い髪幾度と風に吹けりし)
喪中は座敷にすだれをたれて白日をさえぎり、高声に話しする事も、木綿車もめんぐるまを回すことさえもいましめられた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
其安穏寺のぼうさんであろう、紫紺しこんの法衣で母屋おもやの棺の前に座って居るのが、此方こちから見える。棺は緑色のすだれをかけた立派な輿こしに納めて、母屋の座敷の正面にえてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
薄板を繋いだすだれが卸してあるので、そこから漏れて来る日の光が、琥珀のやうな黄を帯びて、一種病的な色をしてゐる。人を悲しませて、同時に人を興奮させる色である。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
うんと度胸を据えて今夜はもし出たら一つよく見届けてやろうと思ってすだれから庭の外を見たが
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)