わかれ)” の例文
例によって浜辺には見送りの島の者がずらりと並んでわかれを惜しんでいる。(一年に三、四回しか見られない大きな船がつのだから。)
然し、今日こんにちまで親友と思うてをつた君を棄つるからには、これが一生のわかれになるのぢやから、その餞行はなむけとして一言いちごん云はんけりやならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お糸がどうせ行かねばならぬものなら、もう少し悲しく自分のためにわかれを惜しむような調子を見せてもらいたいと思ったからだ。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いよい今夕こんせき、侯の御出立ごしゅったつまり、私共はその原書をなでくりまわし誠に親に暇乞いとまごいをするようにわかれおしんでかえしたことがございました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さて我山中に入り場所ばしよよきを見立みたて、木のえだ藤蔓ふぢつるを以てかり小屋こやを作りこれを居所ゐどころとなし、おの/\犬をひき四方にわかれて熊をうかゞふ。
日出雄少年ひでをせうねんたゞ一人ひとりさだめてさびしく、待兼まちかねことだらうと、おもつたので、わたくし大佐たいさわかれげて、此處こゝ立去たちさことけつした。
新羅しらぎに使に行く入新羅使以下の人々が、出帆の時にはわかれを惜しみ、海上にあっては故郷をおもい、時には船上に宴を設けて「古歌」を吟誦した。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然とつぜん此地を後になしぬ。わかれげなばさまたげ多からむをおもんぱかり、ただわずかに一書を友人にのこせるのみ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御骨も折れようが御辛抱ごしんぼうなさい、急いで立派な寺なぞ建てないで、と云ってわかれを告げる。戸外そとに紫の蝦夷菊えぞぎくが咲いて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かくて時刻も移りしかば、はや退まからんと聴水は、他の獣わかれを告げ、金眸が洞を立出でて、倰僜よろめく足を踏〆ふみしめ踏〆め、わが棲居すみかへと辿たどりゆくに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
午のころ僧は莱菔あほね麪包パン、葡萄酒を取り來りて我に飮啖いんたんせしめ、さてかたちを正していふやう。便びんなき童よ。母だに世にあらば、このわかれはあるまじきを。
余は横浜の埠頭場はとばまで見送つてハンケチを振つてわかれを惜む事も出来ず、はた一人前五十銭位の西洋料理を食ひながら送別の意を表する訳にもゆかず
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
奥深い栂の密林にも曙の色が華やかに沁み込んで、高く仰ぐ落葉松の梢を旭の光があかあかと照す頃、懐しい小屋にわかれを告げて三人は昨日の原へ出た。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
白姥しろうば焼茄子やきなすび牛車うしぐるまの天女、湯宿ゆやどの月、山路やまじ利鎌とがま、賊の住家すみか戸室口とむろぐちわかれを繰返して語りつつ、やがて一巡した時、花籠は美しく満たされたのである。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小夜子はわかれて靜岡の姉の家に身をよせたが、亨一は之に對して生活費を爲送しおくる義務を負つて居た。毎月爲替かはせにして郵送するのがすず子の爲事の一つであつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
帰りには、主僧は停車場まで人車くるまを用意して置いて呉れた。わかれを告げた時には日はもう暮れかけて居た。『もう、何うぞ——』私達はかういつて幾度も辞した。
百日紅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
夫としていた男にわかれを告げる手紙も無く、子供等に暇乞いとまごいをする手紙も無かった。唯一度檻房へ来た事のある牧師に当てて、書き掛けた短い手紙が一通あった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
小金吾がちちうがあつたら許さぬといふを「そりやあ何がさて、お荷物にちちうがあつたら、旦那、わっちやあ台座でえざわかれでございます」と右手にて軽く首筋をたたく。
愉快度に過ぎて帰る事を忘れたれども小山夫婦が遅くなるとてわかれぐるに自分独り留まらん事なりがた
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
重々しくひびく山彦やまびこの声。碧海島の山も峰も、また昭和遊撃隊に、わかれをつげているのではないだろうか。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
抽斎の歿した時は、成善はまだ少年であったので、この時はじめて親子のわかれの悲しさを知って、轎中きょうちゅうで声を発して泣きたくなるのを、ようよう堪え忍んだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
左樣の人なるかそれがしも此度よんどころなき事にて九州へ下るなれ共此用向のすみ次第しだいに是非とも關東くわんとうへ下向の心得なれば其節そのせつは立寄申べしと契約けいやくし其場はわかれたりさて寶澤は九州
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
正午に碇を抜く迄彼等はわかれをしむのである。(十二月一日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
痛ましゅう思いながら、つらいおわかれをいたします。
逢瀬あふせわかれ辻風つじかぜのたち迷ふあたり、さかりたる
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
杉菜すぎな喰ふ馬ひつたつるわかれかな 関節
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
秋風のはなむけも無きわかれかな 愚哉ぐさい
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いとがどうせかねばならぬものなら、もうすこし悲しく自分のめにわかれしむやうな調子てうしを見せてもらひたいと思つたからだ。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この談話だんわをはると、わたくし大佐たいさわかれげ、武村兵曹たけむらへいそうおくられて、まへ不思議ふしぎなるみちぎて、秘密造船所ひみつぞうせんじよそとた。
わかれの舞踏會は御館みたちにて催されぬ。われは姫の最後に色あるきぬを着け給ふを見き。是れ人々の生贄いけにへこひつじを飾れるなり。
出立しゅったつのときわかれを惜しみ無事を祈ってれる者は母と姉とばかり、知人朋友、見送みおくり扨置さておき見向く者もなし、逃げるようにして船に乗りましたが、兄の死後
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わかれを惜しむ気持でもあり、愛着する気持でもあって、女の心のこまやかにまつわるいいところが出て居る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この桟橋のわかれには何となく落寞らくばくの感があった。病み衰えた勝三郎はついに男名取総員の和熟を見るに及ばずして東京を去った。そしてそれが再び帰らぬ旅路であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
五六枚の衣を売り、一行李こうりの書を典し、我を愛する人二三にのみわかれをつげて忽然こつぜん出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。桃内ももないを過ぐるころ、馬上にて
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
桟橋の句が落ちつかぬのは余り淡泊過ぎるのだから、今少し彩色を入れたら善かろうと思うて、男と女と桟橋でわかれを惜む処を考えた。女は男にくっついて立って居る。
句合の月 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
善は急げと支度したくして、「見事金眸が首取らでは、再び主家しゅうかには帰るまじ」ト、殊勝けなげにも言葉をちかひ文角牡丹にわかれを告げ、行衛定めぬ草枕、われから野良犬のらいぬむれに入りぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
かくおもへる貫一は生前しようぜん誼深よしみふかかりし夫婦の死を歎きて、この永きわかれ遣方やるかたも無く悲み惜むなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
老人夫婦らうじんふうふわかれげつつ、民子たみこかりにも殘惜のこりをしいまで不便ふびんであつたなごりををしんだ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わかれに菓子なぞやっても、喰おうともしなかった。しかして旧主人夫妻が帰った後、彼等が馬車に乗った桃林橋とうりんきょうの辺まで、しろは彼等の足跡をいでまわって、大騒ぎしたと云うことであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もし僕が太平洋のくずと消えても、きっときっとお恨み下さいますな。お母さま。僕は今、お母さまにお目にかからず、御門のそとから、こっそりとかくれて、おわかれをしているのです。——
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
喜ばしきわかれの辞に頼りて願ひまつる。12060
逢瀬あふせわかれ辻風つじかぜのたち迷ふあたり、さかりたる
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
止め然いふ此方は遠州相良さがら水呑村みづのみむらから來なされたか如何にも我は水呑村の百姓なりハヽア胡瓜うりの種は盜とも人種は盜まれぬとハテ見れば見る程ちがひない十六年以前いぜんわかれた兄九郎右衞門がせがれの九助ぢやなお前は伯父をぢの九郎兵衞樣かとたがひ吃驚びつくり馬よりまろ落手おちてに手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一隊いつたい三十有餘名いうよめい三年さんねん以來いらい馴染なじみ水兵等すいへいらは、わかれをしまんとて、輕氣球けいきゝゆう周圍ぐるり取卷とりまいたが、たれ一言いちごんはつするものい、なかには感慨かんがいきはまつて、なみだながしたものもあつた。
何は扨置さておき中津にかえって一度母にうてわかれを告げて来ましょうとうので、中津に帰たその時は虎列拉コレラ真盛まっさかりで、私の家の近処きんじょまで病人だらけ、バタ/″\死にました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
成善が弘前で暇乞いとまごいに廻った家々の中で、最もわかれおしんだのは兼松石居と平井東堂とであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なお、巻十二(三一八二)に、「白妙の袖のわかれは惜しけども思ひ乱れてゆるしつるかも」というのがある。この、「赦す」はややおもむきが違うが、つまりは同じことに帰着するのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
遠山も丹平も心はおなじ、室の外から、蔭ながら、わかれおしもうとしたのであったが。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細君さいくんは自宅から病院へ往ったり来たりして居た。甚だ心ないわざながら、彼等は細君にわかれを告げねばならなかった。別を告げて、門を出て見ると、門には早や貸家札かしやふだが張られてあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夫は出でていまだ帰らざれば、今日ののしさわぎて、内に躍入をどりいることもやあらば如何いかにせんと、前後のわかれ知らぬばかりに動顛どうてんして、取次には婢をいだり、みづから神棚かみだなの前に駈着かけつけ、顫声ふるひごゑ打揚うちあ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)