鼻端はなさき)” の例文
谷の下の方の林の中から一疋の大きな野猪が不意に出て来て、半兵衛の鼻端はなさきに触るように係蹄の傍へ往った。半兵衛は鉄砲をかまえた。
山の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
右隣に私と顔を列べて居る人の、真白な、高い鼻の頭ばかりが、自分で自分の鼻端はなさきを視詰める時のやうに、ぼんやりと見えて居る。鼻の持ち主は確かに女である。
Dream Tales (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
壮い婢は何人たれじぶんを見ているものでもないかと云うようにして、ちらと後を見ておいて年老った婢の鼻端はなさきへ近ぢかと顔を持って往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小柄な男は右の手を握ってから人さし指ばかりを開き、それをじぶん鼻端はなさきさわるように持って往ったが、それは非常にすばしこいやり方であった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼はり向いて鞭をふった。ベルセネフの鼻端はなさきにその鞭が来た。ベルセネフはそれを避けて体を右にして立ちどまった。エルマはそのすきにまた走った。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ねだいに寝た女が蒼白あおじろい左手を張り、そのてのひらで左の耳元を支えて、すぐ鼻端はなさきに腰をかけた男とはなしているところであった。緑色のおおいをかけた電燈の光が、なまめかしく榻の周囲まわりを照らしていた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)