黙殺もくさつ)” の例文
「ハア」とぼくがかたくなると、今度は笑いだして、うしろに居た百メエトルのM嬢をふりかえり、「ねエ坂本さんの歌うまかったわねエ」「いや駄目だめですよ」と照れるぼくを黙殺もくさつして
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
若しや、あれを読んだ痴川が忽ち伊豆の内幕を見すかしたような憫笑びんしょうきざみ例の毒々しい物腰で苦もなく黙殺もくさつし去った場合を想像するに、体内に激烈な顛倒てんとうを感じるような苛立いらだちを覚えた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
孔子が公宮から帰って来ると、子路が露骨ろこつに不愉快な顔をしていた。彼は、孔子が南子風情ふぜいの要求などは黙殺もくさつすることを望んでいたのである。まさか孔子が妖婦ようふにたぶらかされるとは思いはしない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と、黙殺もくさつしていたのは、当然なのであった。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海を眺めに行ったのです。あとに残ったあなたのさびしい表情が、形容のつかぬ残酷ざんこくさで黙殺もくさつできると同時に、あなたの、やるせなさそうな表情は心に残った。ぼくは自分を勝手だとおもいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)