陽炎かげろ)” の例文
唯、朱雀の並み木の柳の花がほほけて、霞のように飛んで居る。向うには、低い山と、細長い野が、のどかに陽炎かげろうばかりである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
こういう訳で敬太郎の頭に映る観音の境内けいだいには、歴史的に妖嬌陸離ようきょうりくりたる色彩が、十八間の本堂を包んで、小供の時から常に陽炎かげろっていたのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上野の山の松杉の遠く真白まっしろな中から、柳が青くあやに流れて、御堂みどうの棟は日の光紫に、あの氷月の背戸あたり、雪の陽炎かげろう幻の薄絹かけて、くれないの花が、二つ、三つ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
種俵大口あけて陽炎かげろへり
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
唯、朱雀の並み木の柳の花がほけて、霞のやうに飛んで居た。向うには、低い山と狭い野が、のどかに陽炎かげろふばかりであつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
けれども涼しい彼女の眼に宿る光りは、ただの怒りばかりではなかった。口惜くやしいとか無念だとかいう敵意のほかに、まだ認めなければならない或物がそこに陽炎かげろった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云うと、僕に始からある目論見もくろみがあって、わざわざ鎌倉へ出かけたとも取れるが、嫉妬心しっとしんだけあって競争心をたない僕にも相応の己惚うぬぼれは陰気な暗い胸のどこかで時々ちらちら陽炎かげろったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)