そしり)” の例文
寒生のわたくしがその境界をうかがい知ることを得ぬのは、乞丐こつがいが帝王の襟度きんど忖度そんたくすることを得ぬと同じである。ここにおいてや僭越のそしりが生ずる。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
人の怨の、世のそしりのと言ふけどの、我々同業者に対する人の怨などと云ふのは、面々の手前勝手の愚痴に過ぎんのじや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
世のそしり人のさげすみも迷へるものはかえりみず。われは唯この迷ありしがためにいはゆる当世の教育なるもの受けし女学生あがりの新夫人を迎ふる災厄をまぬかれたり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
其事は猥瑣わいさにして言ふに足らぬが、幕末の風俗を察する一端ともなるべきが故に、しばらしもに録存する。榛楛しんこるなきのそしりは甘んじ受くる所である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もとわたくしは支那の古医書の事にはくらいが、此にちとの註脚を加へて、遼豕れうしそしりを甘受することとしよう。病源候論は隋の煬帝やうだいの大業六年の撰である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしこれは新たなる性命に犠牲を供するのである。わたくしはこんな分疏をして、人のそしりをかえりみない。
空車 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
好色のそしりは榛柏の兄弟皆免れなかつたが、二人は其挙措に於て大に趣を殊にしてゐた。榛軒は酒肆妓館に入つて豪遊した。しかし家庭に居つては謹厳自ら持してゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
然るにいわゆる芸人に名取の制があって、今なお牢守ろうしゅせられていることには想い及ぶものがすくない。尋常許取ゆるしとりらんは、芸人があるいは人のそしりを辞することを得ざる所であろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)