真向まとも)” の例文
旧字:眞向
女はあっと云って、めた手綱を一度にゆるめた。馬は諸膝もろひざを折る。乗った人と共に真向まともへ前へのめった。岩の下は深いふちであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
米友が再び唸って、額にしわを寄せて、深い沈黙に落ちようとする時に、女は躍起やっきとなって、真向まとも燈火あかりおもてを向けて、さも心地よさそうに
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おまけに筑波おろしが真向まともに吹きつけて来る。ふたりは一生懸命にいそいでゆくと、うしろで犬の吠える声がきこえる。人の跫音もきこえました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……あのゴンクールの銃先つつさき真向まともに見ながら、あれだけの芝居を打つなんか、とても吾々には出来ません。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おい、鄭君、こんなやつと真向まともに口利くことないんだ。抛り出しちまおう。
ひた向きな異性の熱情を真向まともに感ずるのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夫人に津田の手前があるように、お延にも津田におく気兼きがねがあったので、それが真向まともに双方を了解できる聡明そうめいな彼の頭を曇らせる原因になった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この凄まじい刃先を真向まともに受けて、それを相も変らず卒塔婆そとばの蔭に避けてはいるが、一向に悪怯わるびれた気色が見えません。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
過去などはどうでもよい、ただこの高いものと同程度にならなければ、わが現在の存在をも失うに至るべしとの恐ろしさが彼らを真向まともに圧迫するからである。
弁信の小楯こだてに取った卒塔婆の一面に、この時、真向まともに月がさすと、それに
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いったい何を云やがったろう、吉川さんで。——彼奴あいつの云う事を真向まともに受けていると、いいのは自分だけで、ほかのものはみんな悪くなっちまうんだから困るよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)