真人しんじん)” の例文
旧字:眞人
気味の悪い笑い声にギョッとしながらも、悟浄は、この乞食こそあるいは真人しんじんというものかもしれんと思うた。この言葉が本物ほんものだとすればたいしたものだ。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「この河北には、どうして、かくも忠義な士が多いのか。思うに袁紹は、こういう真人しんじんを用いず、可惜あたら、野へ追いやって、ついに国を失ってしまったのだ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神は常に与える。が、しかし決して承認を強要しない。無智なる者、資格なき者はこれを排斥する。それは当然である。異端邪説があればこそ、ここに初めて真人しんじんと、偽人ぎじんとの選り分けができる。
幻術などどうでもいいのだが、幻術をくするくらいなら真人しんじんであろうし、真人なら宇宙の大道を会得えとくしていて、かれの病をいやすべき智慧ちえをも知っていようと思われたからだ。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
宮司ぐうじ真人しんじんたちは、あくる日、彼の先導に立った。そして、上清観じょうせいかんの唐代、五代、宋代にわたる名刹めいさつの建造物を見せてまわり、さいごに九天殿、紫微殿しびでん北極殿ほっきょくでんの奥ふかい社廊をすすみ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いにしえ真人しんじんは、く是非を超え善悪を超え、我を忘れ物を忘れ、不死不生ふしふしょうの域に達しておったのじゃ。が、昔から言われておるように、そういう境地が楽しいものだと思うたら、大間違い。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ほぞを決めて、こう告げると、真人しんじんは、十人の道衆どうしゅうに命じて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
緑林りょくりん真人しんじんくらわぬ事。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真人しんじんあり
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)