燧石ひうち)” の例文
露八は、うしろへ手をのばして、煤黒すすぐろ行燈あんどんを膝へよせた。カチッ、カチッと燧石ひうちの青い火がとぶたびに、お蔦の白い横顔がに入る。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏丘へのぼる小径こみちは孟宗の林に見えて、その籔の上の日向に蜜柑もぐ人もよく見ゆ。声高にさては語りて燧石ひうち切る莨火たばこびも見ゆ。
舌打ちとともに燧石ひうちの火を移そうとしていると——角の海老床、おもて通りの御小間物金座屋、あちこちで雨戸を繰る音。
と云って、さっそく二人で枯枝を集め、腰の燧石ひうちで火を出して、それを枯枝に移して暖まりながら話しこんでいるうちに、強い風が吹いて来た。旅人はあわてて
火傷した神様 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「焚火はならぬ。燧石ひうちをどこやらで落としてしまいました。」と、男は暗いなかで冷やかに答えた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
燧石ひうちが鳴った。その火花の明りで、ちらっと見た夫の顔、小太郎の顔。七瀬は、それを深く、強く、自分の眼の底に、胸の奥に、懐の中に取っておきたいように、感じた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「俺は燧石ひうちを持っていないよ」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
裏丘へのぼる小径こみちは孟宗の林に見えて、その藪の上の日向に蜜柑もぐ人もよく見ゆ、声高になにか語りて燧石ひうち切る莨火も見ゆ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
寧子ねねは内陣の陰で、しょく燧石ひうちっていたし、老母のすがたはただ一つ暮れ残ったもののように、聖観音の下にじっと祈りの姿をつづけている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お妙はぢつと思案の末、塔婆にむかひて合掌し、やがて思ひ切つて爐の側へかゝへて行き、それを爐に折りくべて燧石ひうちの火を打つ。塔婆は燻りて白き煙がうづまきあがる。表の雪は降りやまず。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
益満は、燧石ひうちを腰の袋から取出して
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「いけねえ。燧石ひうちの火は禁物きんもつだ」