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法華寺
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ほっけでら
ふりがな文庫
“
法華寺
(
ほっけでら
)” の例文
天正十年のこと、織田信長がこの国に侵入して、
法華寺
(
ほっけでら
)
というので
兵糧
(
ひょうろう
)
を使っているところへ、色々の小袖を着た女房が一人入って来ました。
大菩薩峠:22 白骨の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
兼「私はお祭の時往って知っております、竹ヶ崎と云うのは
法華寺
(
ほっけでら
)
のある所で、舟で
行
(
い
)
くと
直
(
じき
)
です。入らっしゃい」
松の操美人の生埋:02 侠骨今に馨く賊胆猶お腥し
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
法華寺
(
ほっけでら
)
の
三殊院
(
さんしゅいん
)
と云う寺坊にいる善説と云う坊さんが、幼い時分の手習いの師匠であったから、その人を頼っていらしったので、一日二日はその坊さんに
匿
(
かく
)
まわれていらしったけれども
聞書抄:第二盲目物語
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
一切を引き受けて三田村の寂しい
法華寺
(
ほっけでら
)
の墓地の隅に葬ることとなった。
駅夫日記
(新字新仮名)
/
白柳秀湖
(著)
この寺は何という寺だか知らないが、やかましく磬を叩いて、お題目を唱えているところを見ると、
法華寺
(
ほっけでら
)
に違いない。
大菩薩峠:37 恐山の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
▼ もっと見る
直ぐ左へ曲って是から只今角に石屋のあります処から又
後
(
あと
)
へ少し戻って、細い
横町
(
よこちょう
)
を入ると、谷中の
瑞林寺
(
ずいりんじ
)
という
法華寺
(
ほっけでら
)
があります、今三浦の屋敷へ程近い処まで来ると
菊模様皿山奇談
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
庵原
(
いおはら
)
村の無住同様な
法華寺
(
ほっけでら
)
。竜之助を乗せた馬の
轡
(
くつわ
)
を取ったがんりきの百蔵は、そこへ机竜之助を連れて来ました。
大菩薩峠:07 東海道の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
あの横町を
真直
(
まっすぐ
)
に
往
(
ゆ
)
き右へ登ると七面坂、左が蛍沢、
宗林寺
(
そうりんじ
)
という
法華寺
(
ほっけでら
)
が有ります。
松と藤芸妓の替紋
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
七軒町
(
しちけんちょう
)
の
大正寺
(
たいしょうじ
)
という
法華寺
(
ほっけでら
)
の
向
(
むこ
)
う、
石置場
(
いしおきば
)
のある其の石の
蔭
(
かげ
)
に忍んで待っていることは知りません、中根は早帰りで、
銀助
(
ぎんすけ
)
という家来に
手丸
(
てまる
)
の
提灯
(
ちょうちん
)
を提げさして、黄八丈の着物に黒羽二重の羽織
敵討札所の霊験
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
「
法華寺
(
ほっけでら
)
だということだが」
大菩薩峠:07 東海道の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
“法華寺”の解説
法華寺(ほっけじ)は、奈良県奈良市法華寺町にある光明宗の本山の寺院。山号はなし。本尊は十一面観音。開基は光明皇后である。奈良時代には日本の総国分尼寺とされた。元は真言律宗に属したが、1999年(平成11年)に同宗を離脱し、光明宗と称する。
(出典:Wikipedia)
法
常用漢字
小4
部首:⽔
8画
華
常用漢字
中学
部首:⾋
10画
寺
常用漢字
小2
部首:⼨
6画
“法華寺”で始まる語句
法華寺村