あまね)” の例文
唯南園上人は西ノ久保光明寺の雲室、王子金輪寺の混外についで天保以降あまねく騒壇に知られた詩僧であることを言うに止めて置く。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
逍遙はあまねく世間に向ひて談理を後にせしめむとせしにあらずといふ。こは談理を後にし、記實を先にすといふ自説を自比量なりとするなり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし云わぬより参考になると思う。単に写生文を生命とする諸君の参考になるのみならず、あまねく文章に興味を有する人々の耳にはあるいは物珍らしく聞えるかも知れぬ。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諸君はあまねくこの特殊なる文芸の総体から、滲透している民衆生活を味わってみることを心掛けなければならぬが、現在その一部分に事情があって、まだ真意の把捉し難い辞句があるかぎりは
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それから濹字が再びあまねく文人墨客ぼっかくの間に用いられるようになったが、柳北の死後に至って、いつともなく見馴れぬ字となった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ここにおいて徂徠派の病弊を指摘し、その偏見を道破し、あまねく支那歴代の文教を一般にわたって批判攻究すべきことを説く新しい学派が勃興ぼっこうした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
江戸時代にあってはお玉稲荷いなりの伝説と藍染川あいぞめがわ溝渠こうきょに架せられた弁慶橋という橋の形の変っていた事との二つから、あまねく人に知られた地名であった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浮世絵は最早もはや吹きぼかしと雲母摺きらずりの二術を後世の画工にたくせしのみにして、その佳美なる制作品は世人をしてあまねく吾妻錦絵と呼ばしむるに至れるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ゴンクウル兄弟両家けいていりょうかの合作せる小説戯曲の仏蘭西フランス十九世紀後半の文壇に重きをなせるはあまねく人の知る所なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
徳川幕府の有司は京伝きょうでんを罰し、種彦たねひこ春水しゅんすいの罪を糾弾したが、西行と芭蕉の書のあまねく世に行われている事には更に注意するところがなかった。酷吏の眼光はサーチライトの如く鋭くなかったのだ。
冬日の窓 (新字新仮名) / 永井荷風(著)