憂悶いうもん)” の例文
彼は再び薔薇のことを考へた。考へたばかりではない。あの日かげの薔薇の憂悶いうもんを今は生活そのものをもつて考へるのである、こんな日毎の机の前に坐り込んだまま。
貴方あなたふヂオゲンは白癡はくちだ。』と、イワン、デミトリチは憂悶いうもんしてふた。『貴方あなたなんだつてわたくし解悟かいごだとか、なんだとかとふのです。』と、にはか怫然むきになつて立上たちあがつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
胸に深い憂悶いうもんでもあるのか、他の遊覧客とちがつて、富士には一瞥いちべつも与へず、かへつて富士と反対側の、山路に沿つた断崖をじつと見つめて、私にはその様が、からだがしびれるほど快く感ぜられ
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
染五郎の憂悶いうもんを救ふ工夫もありません。
長い陰気なこのごろの雨の日の毎日毎日に、彼の沈んだ心のまどである彼のひとみを、人生の憂悶いうもんからそむけて外側の方へ向ける度毎に、彼の瞳に映つて来るのはその丘であつた。