嘉明よしあき)” の例文
内膳正の子が左兵衛、左兵衛の子が右衛門佐うえもんのすけ、右衛門佐の子が与左衛門で、与左衛門は朝鮮征伐のとき、加藤嘉明よしあきに属して功があった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
〔評〕十年のなん、賊の精鋭せいえい熊本城下にあつまる。而て援軍えんぐん未だ達せず。谷中將死を以て之を守り、少しも動かず。賊勢ぞくせい遂に屈し、其兵を東する能はず。昔者むかし加藤嘉明よしあき言へるあり。
加藤式部少輔明成は、父嘉明よしあきしゅつ家督かとくをついでから九年目になる、評判のよろしくないこの人は、四十万石の家中かちゅう河村権七かわむらごんしち堀主水ほりもんどかといわれたほどの名臣、主水を憎んでいた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
その上、水軍の諸将、即ち長曾我部元親、加藤嘉明よしあき、九鬼嘉隆等も各々その精鋭をすぐって、遠州今切港や清水港に投錨して居るのだから、小田原城は丁度三面包囲を受ける形勢にある。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
加藤孫太郎嘉明よしあき、二十一という順になる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)