刻下こっか)” の例文
人は、ようやくの思いで刻下こっかの志をげると、すぐ反動が来て、かえって志を遂げた事が急にうらめしくなる場合がある。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも一日も晏如あんじょたるは得ない刻下こっかにあって、こういう老人をつかまえてかんとがらせていたことの何たる愚ぞや——と自嘲を覚えるとともに、秀吉にたいする敵意は
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とっさの場合、彼女はただ夫の他の半面に応ずるのを、ここへ来た刻下こっかの目的としなければならなかった。彼女は蒼白あおしろほおに無理な微笑をたたえて津田を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愛はまよいである。またさとりである。愛は天地万有ばんゆうをそのうちに吸収して刻下こっかに異様の生命を与える。ゆえに迷である。愛のまなこを放つとき、大千世界だいせんせかいはことごとく黄金おうごんである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俗人はその時その場合に書いた経験が一番正しいと思うが、大間違である。刻下こっかの事情と云うものは、転瞬てんしゅん客気かっきに駆られて、とんでもない誤謬ごびゅうを伝え勝ちのものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貴重な時間を無駄に費やさせられたあげく、頼むようにして帰って貰った彼の後姿うしろすがたを見送った津田は、それでももう少しで刻下こっかの用を弁ずるために、小林を利用するところであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)