兼而かねて)” の例文
一、兼而かねて私ら両人の所ハ三印両兄聞取ニ相成、御家に止宿御頼申候事故、私両人生活の一事ハ一切上の両兄に御引合可遣候。
小戦有之、夫より江差之賊徒追撃、厚浅部あつあさべ口迄進軍、尤大炮三、玉薬二十四五箱分捕、賊徒一人生捕有之候趣。右に付残兵御都合次第早速御差出に相成も難計はかりがたく兼而かねて手筈いたし置候様。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
兼而かねて高名なる幕府人物勝安房守本ト麟太郎ヿも又京ニ出、是非長州征ハ征伐止メニすべき論致し、会津あたりと大論、日〻候よしなれども、何共片付なんともかたづき申。
其故ハ御止メニなれバ又以前より約定セし兼而かねて御聞ニ達セし人をつのらバやと存候。但シ金のつがふ斗ニ付てなり。
然ニ先日の御書中大芝居の一件、兼而かねて存居候所とや、実におもしろくよく相わかり申候間、いよいよ憤発可仕奉存候。
兼而かねて申上妻龍女ハ、望月亀弥太が戦死の時のなんにもあい候もの、又御国より出候もの此家ニて大ニセ話ニなり候所、此家も国家をうれへ候より家をほろこしママ候也。
段〻の御思召よく相わかり申候。そが中ニも蝦夷の一条は別して兼而かねて存込の事故、元より御同意仕候。
私とても了介殿御同伴上坂も致候。芸州永井主人主水正が事ハ兼而かねて長州の政府の論の如ク相辨候所、永井曰ク、然レバ諸隊頭立かしらだち候者ニ面会可致と、則諸隊頭立候もの面会せり。
此人の論ハ兼而かねて通常人の形斗かたちばかり西洋を学ぶ所でハこれなく、ほんとふに彼が学文道にいり、其上是非を論じ申度との御論、いやしくも論ぜざる所、小弟ニハ誠におもしろく奉存候。
上一段二段の事どもつら/\案ずる所、彼竹島行の事ハ兼而かねて御聞ニ入置候通り、三大夫ニも御聞ニ入レ申セしニ、随分御同心ニ候て、何レ近日二度ビ下関ニ出候決定可致との事なりし。
同人も兼而かねて御申越ニてよろしき人物とてよろこび候所、色〻はなし聞候所何もをもわくのなき人ニて、国家の御為命すてるにくろふ苦労ハせぬ位なものニて、当時私ハ諸生五十人ばかりハつれており候得ども
日々兼而かねて思付所をせいといたしおり申候。