何事なんに)” の例文
何事なんにも知らずに世の中へ出て来た私を仮りに生徒とすれば、その少年の生徒の前へ来て種々いろ/\なことを教へて呉れた教師が誰だつたか
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「そんな馬鹿なことが出来るもんですかね」とお種はあざけるように言って、「お前さんは何事なんにも知らないからそんなことを言うけれど」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
声のないかなしみをたたえた君のこの頃に心を引かれないものが有ろうか。君の周囲にあるものは何事なんにも知らないものばかりだと君は思うか。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「すこし……でも、この節は宅もよく家に居てくれますよ……何事なんにも為ませんでも、家で御飯を食べてくれるのが私は何よりです……」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
兄様あにさまさえ好くやってくれたら、私は何事なんにも言うことは無い——私は今、兄様の為に全力を挙げてる——一切の事はそれで解決がつく」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三吉がどういう心の有様でいるか、何事なんにもそんなことは知らないから、お房は機嫌きげんよく父の傍へ来て、こんな歌を歌って聞かせた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私がどういう心の有様で居るか、何事なんにもそんなことは知らないから、お房は機嫌きげんよく私の傍へ来て、こんな歌を歌って聞かせた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今朝は言ふ、そのかはり明日の朝は何事なんにも言はない、そんなことを言つて、長いこと私達を側に坐らせて置いて、別離わかれの涙を流しました。
こう命ずるような声を岸本は自分の頭脳あたまの内で聞いた。彼は立ちかける兄のそでを心ではとらえながらも、何事なんにも言出すことが出来なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お種は、弟の方で待受けたようなことを何事なんにも言出さずじまいに、郷里の方の変遷うつりかわりなどをいろいろと語り聞かせた後で、一緒に階下したへ降りた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてその処女が何事なんにも世間を知らないような良い身分の生れの人であればあるだけ、岸本の詩集が役に立ったとも言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何事なんにてくれなくても可いよ」とお雪は鼻をすすり上げて言った。「居眠り居眠り本を読んで何に成る——もう可いから止してお休み——」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
代々木、志賀の親しい友達を前に置いて、ある温泉宿の二階座敷で互に別れの酒をみかわした時にも、岸本は何事なんにも訴えることが出来なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
田辺の小父さんは直接に捨吉に向って何事なんにもそんなことを匂わせもしなかったが、それが小父さんの真の意思であり、大勝の主人の希望でもあるということを
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
斯うして私は何事なんにも自分等の為ることを考へて見たことも無いやうな、慣れて知らずに居る人達に取巻かれて、唯青春の血潮の湧き立つまゝに快楽を追ひ求めた。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お島が茶を入れて夫の側へ来た時は、彼は独り勉強部屋に坐っていた——何事なんにもせずに唯、坐っていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
唯お婆さんのはげしい権幕けんまくで言ったことが何事なんにも知らずに出掛けて行った捨吉を驚かした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何事なんにも知らない私は譲る気は無かったが、署長さんの厚意に対しても頭を下げずにはいられなかった。御辞儀をしてこの二階を引取った時、つくづく私は田舎教師の勤めもツライものだと思った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)