“主計頭”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
かずえのかみ66.7%
かぞへのかみ16.7%
かずへのかみ8.3%
かぞえのかみ8.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
肥後熊本の加藤主計頭(かずえのかみ)の臣としたり、吉岡太郎左衛門の二男といったり、巌流島を仇討としていたり、記載のまちまちなのは実におかしい。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「同三年阿部主計頭殿、後備中守嫡子運之助殿を診ひ、主計頭に謁す。此善直諸侯に見の始なり。」阿部主計頭(かぞへのかみ)は即ち棕軒侯正精(まさきよ)である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
取上(とりあげ)ける夫より御行水(おんぎやうずゐ)相濟(あひすみ)頃はハヤ御本丸の六ツの御太鼓遠く聞えれば御供揃(おともぞろひ)にて直に御登城遊ばせしが時刻早ければ未だ御役人方(がた)は一人も登城なく御側衆(そばしう)泊番太田(おほた)主計頭のみなり主計頭(かずへのかみ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
森枳園(きえん)はこの年七月に東京から福山に遷(うつ)った。当時の藩主は文久元年に伊予守正教(まさのり)の後(のち)を承(う)けた阿部(あべ)主計頭(かぞえのかみ)正方(まさかた)であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)