一層ひとしほ)” の例文
『はあ。』と答へた時は若々しい血潮がにはかにお志保の頬に上つた。そのすこし羞恥はぢを含んだ色は一層ひとしほ容貌おもばせを娘らしくして見せた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
表通を歩いて絶えず感ずるこの不快と嫌悪の情とは一層ひとしほ私をして其の陰にかくれた路地の光景に興味を持たせる最大の理由になるのである。
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それだけに京へはひつたとなると、恋しさも亦一層ひとしほだつた。男は妻の父の屋形へ無事に妻を送りこむが早いか、旅仕度も解かずに六の宮へ行つた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そも一秒時毎に、なれと遠ざかりまさるなりなど、吾れながら日頃の雄々しき心はせて、を産みてよりは、世の常の婦人よりも一層ひとしほ女々めゝしうなりしぞかし。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
其日校長の演説は忠孝を題に取つたもので、例の金牌きんぱいは胸の上に懸つて、一層ひとしほ其風采を教育者らしくして見せた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
又は今夜の何時、何處其處で待つて居てくれとの會合ランデヴーにも、私は唯だ逢ふと云ふ望みを前にしたゞけで、却て空しく、待ち明かす恨みの方が、一層ひとしほ深い記憶を殘すであらうと思ふ事さへあつた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
敬之進の病気、継母の家出、そんなこんなが一緒に成つて、一層ひとしほお志保の心情を可傷いたはしく思はせる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
別れし後のさびしさ又一層ひとしほの切なさや。
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)