“ぶんけ”の漢字の書き方と例文
語句割合
分家100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
して待うち翌日に成しかば名主鵜川惣内(うがはそうない)後家お深組頭周藏佐治右衞門傳兵衞(でんべゑ)木祖(きそ)兵衞親類には千右衞門喜平治金助(きんすけ)大八丈右衞門兩隣(となり)の善右衞門孫(まご)四郎辰六角(かく)右衞門其外(ほか)多人數(たにんず)入來り九郎兵衞八右衞門久(きう)七八内忠七六之助などは分家(ぶんけ)故皆々勝手働き先代が取立(とりたて)し百姓三五郎辰八等は水を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
伴(ともな)ひ紀州へこそは歸りけれ爰(こゝ)に伊豫國新居郡(にゐごほり)西條の城主(じやうしゆ)高三萬石松平左京太夫此程(このほど)病氣(びやうき)の所ろいまだ嫡子(ちやくし)なし此は紀伊家の分家(ぶんけ)ゆゑ家督評議(かとくひやうぎ)として紀州の家老(からう)水野筑後守(みづのちくごのかみ)久野但馬守(くのたじまのかみ)三浦(うら)彈正(だんじやう)菅沼(すがぬま)重兵衞渡邊對馬守(つしまのかみ)熊谷(くまがや)次郎南部(なんぶ)喜太夫等の面々(めん/\)打(うち)より跡目(あとめ)の評議に及びける時(とき)水野筑後守進出(すゝみいで)て申けるは各々の御了簡(ごれうけん)は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)