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はふし
ふりがな文庫
“はふし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句
割合
法師
75.0%
法諡
25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
法師
(逆引き)
○さて此関山村のかたほとりに、
独
(
ひと
)
り
草庵
(
さうあん
)
を
結
(
むす
)
びて
住
(
す
)
む
源教
(
げんけう
)
といふ
念仏
(
ねんぶつ
)
の
道心坊
(
だうしんばう
)
ありけり。年は六十あまり、たゞ念仏
三昧
(
ざんまい
)
の
法師
(
はふし
)
にて、
无学
(
むがく
)
なれどもその
行
(
おこなひ
)
は
碩僧
(
せきそう
)
にもをさ/\
劣
(
おとら
)
ず。
北越雪譜:03 北越雪譜初編
(新字旧仮名)
/
鈴木牧之
、
山東京山
(著)
はふし(法師)の例文をもっと
(3作品)
見る
法諡
(逆引き)
明和五年八月二十八日に父信政に
先
(
さきだ
)
つて歿し、長谷寺に葬られた。
法諡
(
はふし
)
を万昌軒久山常栄信士と云ふ。信政は時に年五十七であつた。
伊沢蘭軒
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
法諡
(
はふし
)
宗経軒京水瑞英居士である。文政四年の自記に「仏諡可用宗経」と云つてあつた。此
諡
(
おくりな
)
には僧侶の撰んだ文字は一字も無い。
伊沢蘭軒
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
法諡
(
はふし
)
して徳源院譲誉礼仕政義居士と云ふ。墓は新光明寺にあつて、「明治三十五年七月建伊沢家施主
八幡祐観
(
やはたいうくわん
)
」と
彫
(
ゑ
)
つてある。
伊沢蘭軒
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
はふし(法諡)の例文をもっと
(1作品)
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