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せいけんじ
十四日に江戸を立って、十九日に
興津の
清見寺に着いた。家康は翌二十日の
午の刻に使を駿府の城に
召した。使は一応老中
本多上野介正純の
邸に入って、そこで衣服を改めて
登城することになった。
宗助はそれを
洋服の
内懷に
押し
込んで
汽車に
乘つた。
約束の
興津へ
來たとき
彼は
一人でプラツトフオームへ
降りて、
細長い
一筋町を
清見寺の
方へ
歩いた。
秀吉の休んだ
禅庵は
栖賢寺であったが、これと並んですこし先に
広徳寺がある。