“おうぶん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
横文57.1%
歐文28.6%
応文14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
伊藤公の書いた七絶(しちぜつ)の半折(はんせつ)を掛けた床の間の前に、革包(かばん)が開けてあって、その傍(そば)に仮綴の inoctavo(アノクタヴォ) 版の洋書が二三冊、それから大版の横文(おうぶん)雑誌が一冊出して開いてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
調査會(ちようさかい)が大正十三年(たいしようじゆうさんねん)廢止(はいし)せられるに至(いた)るまでに發表(はつぴよう)した報告書(ほうこくしよ)は和文(わぶん)のもの百一號(ひやくいちごう)、歐文(おうぶん)のもの二十六號(にじゆうろくごう)、別(べつ)に歐文紀要(おうぶんきよう)十一册(じゆういつさつ)、歐文觀測録(おうぶんかんそくろく)六册(ろくさつ)は
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
四年応文(おうぶん)は西平侯(せいへいこう)の家に至り、止(とど)まること旬日、五月庵(いおり)を白龍山(はくりゅうざん)に結びぬ。五年冬、建文帝、難に死せる諸人を祭り、みずから文を為(つく)りて之(これ)を哭(こく)したもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
衆臣驚き戦(おのの)きて面々相(あい)看(み)るばかり、しばらくは言(ものい)う者も無し。やゝありて天子、数なり、と仰(おお)せあり。帝の諱(いみな)は允炆(いんぶん)、応文(おうぶん)の法号、おのずから相応ずるが如し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)