“あなほ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:アナホ
語句割合
穴鑿25.0%
坑掘25.0%
穴穗12.5%
坑道掘12.5%
穴本12.5%
穴穂12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
たゝき大工穴鑿あなほり大工、のつそりといふ忌〻しい諢名さへ負せられて同業中なかまうちにも軽しめらるゝ歯痒さ恨めしさ、蔭でやきもきと妾が思ふには似ず平気なが憎らしい程なりしが
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
甲州の坑掘あなほ人夫にんぷ扮装ふんそうして、いく度か、自分の衣髪に苦慮を払った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(その時に作れる矢は、その箭の同一七を銅にしたり。かれその矢を輕箭といふ。)穴穗あなほの御子もつはものを作りたまひき。
意富本杼おほほどの王が妹、忍坂おさか大中津おほなかつ比賣の命に娶ひて、生みませる御子、木梨きなしかるの王、次に長田の大郎女おほいらつめ、次にさかひの黒日子の王、次に穴穗あなほの命、次に輕の大郎女、またの御名は衣通そとほしの郎女
「兄者。敵の坑道掘あなほりも、いつのまにか、山のような土を谷あいに運び出していますゆえ、もう櫓の下近くまで掘りすすんで来たのかもしれませぬ」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次にやまと比賣の命は、伊勢の大神の宮をいつき祭りたまひき。次に伊許婆夜和氣いこばやわけの王は、沙本の穴本あなほ部の別が祖なり。次に阿耶美都あざみつ比賣の命は、稻瀬毘古の王にひましき。
第十九代の天皇允恭いんぎょうの時代には、玉田宿禰たまだのすくねが反抗して殺された。また天皇が死ぬと、その子の穴穂あなほ皇子は、皇太子であった兄弟の木梨軽きなしのかる皇子を襲って、自殺せしめた。