うつ)” の例文
無理むりに申させても取上には相成あひならぬぞ其源次郎と申はナ細川の家來けらいにて井戸源次郎と云者新吉原の三浦屋四郎左衞門かゝへの遊女いうぢようつせみを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「なーんだ」わたしは出し抜かれたやうなうつろな気になつた。わたしは腕組をして、四畳半をたゞうろついた。帽子をかぶつて外に出た。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
だから貴方のやさしい燃えるやうな言葉にはうつろな響があるのは当り前すぎるわ。いくら貴方がそれを御自分では不満足でもね。
夢ともうつつともつかないようなうつろな目ざしでお前をじっと見つめている私の目を、お前は何か切なげな目つきで受けとめていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
飴色あめいろ暗紫色あんししよくをした肋骨ろくこつと手足の骨とが左右に一けん程の高さでぎつしりと積まれ、その横へ幾列にか目鼻のうつろに成つた髑髏どくろが掛けられて
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
今でも好きな人がいゝ曲を演ると時々見に行くが、藝の熟さない人のをみると同じ曲でも全然うつろな感じで、退屈してしまふ。
霞町かすみちょうのほうからゴトゴトと走ってくる小型の都電のきしむような車輪の響きまでが、アブクのようにうつろに浮かびあがってくる。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼はうつろな目を一杯に見開いて、口からは滝津瀬たきつせと真赤な絵の具を吹き出しながら、水の中で何かわめいていた。声のない叫びを叫んでいた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いやめてくれ、………で、外の廊下でみ合っている間じゅう、当人は何もかかわりがないかのようにうつろな眼を据えているばかりであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
中はうつろで、きれ仕立ですから、瓜の合せ目は直ぐ分りました。が、これは封のあるも同然。神の料のものなんです。参詣人が勝手にはのぞけません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつける氣の習であるとか、亢ぶる氣の習であるとか、種々の惡い氣の習が有るものであるから、中々以て張る氣をのみ保つて居ることは難いのである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その私の肉体は単にうつろな、たゞ一寸軽い頭の爽々しさだけを自分だけで意識してゐる一個の物体に過ぎません。
砂浜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
名刑事はうつろな笑い声をあげて、自らを嘲笑した。私は老刑事の心中を思いやって眼頭が熱くなるのを覚えた。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「へとへとにして呉れるぞ。息の根をとめて呉れるぞ!」と彼は、うつろな声でさも憎さげに言うのだった。
手応てごたえのない相手の無表情なうつろへ向って、彼女の押詰めて来た切実な気持は不意なよろめきを感じた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血色は優れず、両の眼玉は、あり得べからざるものの姿でも見た人のように、うつろに見開かれて、食器をとる手は、内心の亢奮を包み切れずか絶えず小刻こきざみに顫えていた。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それを指して、留めどもなく笑っているのは、伯爵海蔵寺三郎の全く本心をうしなったうつろな顔です。
だれが残存し得るか? 世界の美も苦悩の指でたたかれると、いかにうつろな音をたてることぞ!
と、同時に、全身に急にうつろなものを感じて、胸を引き裂きたいやうな衝動にかられた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
だれ一人話相手もなく、たった一人寒いホームに立って汽車を待っている女、そのうつろな心にどんな誘惑がしのびこまぬとも限らぬと思うと、肌があわだってきて、ミネは慌て出した。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ヒース・ロウの新飛行場にある「世界最大最新の」FIDOは「一言に言えばそれは着陸場に置かれた中がうつろな火焔の巨大な箱」で「石油を入れた管が滑走路周辺に長方形に置かれ」
霧を消す話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼は四脚しきゃく短長格ヤンブを思いっきり声を引き引きがなり立てて、いんが入れかわり立ちかわり、まるで小鈴こすずのようなうつろで騒々そうぞうしい音を立てたけれど、わたしはじっとジナイーダの顔を見たまま
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
入相いりあひかねこゑいんひゞきてねぐらにいそぐ友烏ともがらす今宵こよひ宿やどりのわびしげなるにうつせみのゆめ見初みはじめ、待合まちあひ奧二階おくにかい爪彈つめびきの三下さんさがすだれるゝわらごゑひくきこえておもはずとま行人ゆくひと足元あしもとくる煩惱ぼんなういぬ尻尾しつぽ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼は、うつろな考えを追う。そして、その葉の揺れるのを待つ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
木曾ははじめて、しかしうつろな声で笑って見せた。
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
うきねの十日いくよ、燈臺のうつけたる眼は顧みず。
小木曾路おぎそじを今日もさまよううつろ心
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その声はうつろにひびいた。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
夢ともうつつともつかないようなうつろなまなざしでお前をじっと見つめている私の目を、お前は何か切なげな目つきで受けとめていた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と、そのきょに乗じて、女々めめしい感情が群がり起る。わしの無表情なうつろの目から、涙ばかりが、止めどもなく流れ出した。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
殺されいかでか罪にふくし申さんやと申すに大岡殿其方如何にあらそふとも河原の死骸しがいは馬丁とうつせみの兩人にして昌次郎夫婦は存命ぞんめいいたし居るぞ然るに傳吉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そしてあなたもご自分でちゃんとそのことを知ってなさるのだわ。だからあなたのやさしい燃えるような言葉にはどこかうつろな響きがあるのはあたりまえすぎるわ。
もちろん燈灯ともしびをともしては館の者に気づかれるおそれがあるから、明りもない閨戸ねやどとばりうつろにしては
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なよたけ (うつけて行くように)……文麻呂!……だれかがあたしを呼んでいるの。声のない言葉で、……何かほの白い寒気のするようなものがあたしを呼んでいるの。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
だけど……真黒な穴の中にかぎりなく墜落していたみたいな、うつろさの中での混乱状態だったあのときと違い、いまの私は、自分の底に真黒な穴をあけた状態のまま固定しかけている。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
私がうつけたような顔ばかりして、いつまでも物を言わずにいると、「どうして何も言わないのだ」と、殿は私の機嫌をとるように言い出された。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
殿村は狐につままれた様な、夢でも見ている様な、何とも云えぬ変てこな気持になって、うつろな目で窓の外を眺めていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其方儀松五郎たづねの所未だ行衞ゆくゑ相知れざる趣きうつせみ事千代存命ぞんめいも是れ有らば入牢の上屹度きつと被仰付之處當人たうにんうつせみ相果候上は一等をげんじられ江戸構えどかまへ申付る
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
(彼女の手をとって、車から下ろそうとする。なよたけはうつけたように云うがままになる。彼女の手にした竹の枝をみて)おや、おや、大変なものをおうちから持って来たんですね。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
平四郎は、何か、悪夢から醒めたように、じっと、うつし身になって星を仰いでいたが
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うつろで架空なただの不機嫌やおびえの排泄はいせつにすぎない。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そんな時など、それほどうつけたようになっているおりおりの自分の姿が、私にも何かしら異様に思われたりするのだった。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
異様にうつろな眼、そして口をだらしなくひらいて、ゲラゲラと笑っている姿は、二た目と見られたものではないのです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
敵ながらその人しと聞くと何か大きなうつろを抱かせられたのである。仲達もまさにその一人だったが、老来いよいよけんなるその五体に多年の目的を思い起すや、勃然ぼつぜんと剣を叩いて
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文麻呂も清原も、まるでうつけたように、呆然として、立ちつくしている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
奇妙にうつろなそのひろがりでしかなかった。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
うつけたやうに、心もち大きく見ひらいた、そのくせ自分自身のことは何もかも呑み込んでゐるやうな聰明さから來るらしい、透明なふかい目ざしが
おもかげ (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
瑠璃子はうつろな目でわしの顔を見つめたまま立ちすくんでしまった。彼女にもやっと事の仔細が分り始めたのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
天井へ向けてうつろにしているのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
早苗は、彼女の傍で明がうつけたような眼つきをしてそんな事なんぞを考え出している間、手近い草を手ぐりよせては、自分の足首を撫でたりしていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)