ともし)” の例文
新字:
しばらくして、浦子はぎょくぼやの洋燈ランプの心をげて、あかるくなったともしに、宝石輝く指のさきを、ちょっとびんに触ったが、あらためてまた掻上かきあげる。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして七里の渡しの岸頭から、伊勢の国をながむる人の心は、あいやまの賑やかな駅路と、古市ふるいちの明るいともしに躍るのである。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もうその時は夕暮れで、ともし火が家々に点きはじめたが、どうしたものか薬草道人、「あぶないあぶない逃げろ逃げろ! それ剣気、それ殺気!」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さて此家にも別にかまどはなくみなにてものをる也。やがて夜もくれければ姫小松を細く割たるをともしとす、ひか一室いつしつをてらして蝋燭らふしよくにもまされり。
星の光も見えない何となく憂鬱なゆうべだ、四隣あたりともしがポツリポツリと見えめて、人の顔などが、最早もう明白はっきりとはわからず、物の色がすべきいろくなる頃であった。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
いほうとはいいながら、夜に入ると、春もまだ二月、草庵そうあんともしは、半兵衛のる声に、寒々と揺れた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂上なる巡査派出所のともしむなし血紅けつこうの光を射て、下り行きし男の影も、取残されし女の姿もつひに見えず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そうして松の小枝を火にともして、その光を子供に見せると啼きんだ。それから後この松の下に神を祀り、また夜啼きをする子の家では、その小枝を折って来てともしの火にするという所もあります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ほつほつともれゆくみづのなやみのともし
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今、よるの膝、やすらひのともしもと
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
夜半よはともしに鬼氣青し
鬼哭寺の一夜 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やがて駒井が足をとどめたところには小さな堂があって、その傍らにかなり古色を帯びた石標——「秋風や心のともしうごかさず 南総一燈法師」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おいで、さあ、夜が明けると人が見るぜ。出後でおくれた日にゃあ一日逗留とうりゅうだ、」と言いながら、片手にともしを釣って片手で袖を引くようにして連込んだ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すさまじき谷川の響に紛れつつ、小歇をやみもせざる雨の音の中に、かの病憊やみつかれたるやうの柱時計は、息も絶気たゆげに半夜を告げわたる時、両箇ふたりねやともしたちまあきらかに耀かがやけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
花明りの廊下の彼方あなたへその姿がおぼろになってゆく。廊には、ともしの入った釣龕燈つりがんどうが幾つとなく連なっていて、その奥まった一室に、姫は、とばりを深く垂れて、化粧をしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この男は地へ下り立つと、パッパと合羽かっぱの塵を払い、垣根越しに屋敷の奥の方のともしの光をすかし、それから笠を揺り直し、草鞋わらじひもをちょっといじってみて
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
紫玉は、色ある月の風情して、一千の花のともしの影、百を数うる雪の供饌に向うて法壇の正面にすらりと立つ。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宮はをんなともしらせ、自らは貫一の手を牽かんとせしに、彼はよろめきつつ肩にすがりてつひに放さざりければ、宮はその身一つさへあやふきに、やうやうたすけて書斎にりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
どこもかしこも、昼のように明るくともしがつき放しになっているが、疲れたような空気がシーンと沈んでいる。孫兵衛は空を仰いで青い星を見た、どこの二階の障子にも影法師がない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫玉は、色ある月の風情ふぜいして、一千の花のともしの影、百を数ふる雪の供饌に向うて法壇の正面にすらりと立つ。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その絵馬をかくためのともしの光が、取入れた看板に反射していたものですから、それで兵馬が「無眼流剣法指南」の看板をかろうじて認めることができたのです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鉱山かなやまがよいの金商人かねあきんどだの、但馬たじま越えの糸屋だの行脚僧あんぎゃそうなどだのが、ひとしきり母屋おもやでさわいでいたが、思い思いに寝入ったらしく、ともしは母屋を離れた狭苦しい一棟にしか残っていなかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一つくぐって鳩尾みずおちからひざのあたりへずり下った、その扱帯の端を引上げざまに、ともしを手にして、柳の腰を上へ引いてすらりと立ったが、小用こように、と思い切った。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年経としふる狐狸のたぐいにやあらん、正体見届けんとともしをさしつけて見ればこれは意外、日頃、同学の間に誉れ高き篤学の雛僧であったので、下手人らは青くなって怖れ、かつ哀しんだけれども
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
飛鳥あすか、奈良朝あたりの仏教美術から近頃わけて流行の茶事ちゃじを評し、一転して、笛、蹴鞠けまりのこと、また食味や旅のはなしなどにまでくだけて、夜に入るも知らなかったが、やがてともしを見ると
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかばは自分の体のごときお雪はあらず、あまりの大降に荒物屋のばばも見舞わないから、戸を閉め得ず、ともしけることもしないで、渠はただ滝のなかに穴あるごとく
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともしの下に、武蔵がなお、しげしげと見入りながらつぶやくと
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
謂いつつともしをふっと消す、後は真暗まっくら、美人はつまを引合せて身を擦抜けんとすきうかがい、三吉は捕えんと大手を広げておよび腰、老婆は抜かしてよつばい、いずれもだんまり
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八瀬やせともし
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空には月の影いとあかるきに、行燈のともしかすかなれば、その果物はみな此方こなたよりちいさく丸く黒きものに見ゆ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
素袍のしゃに透通る、ともしの影に浅葱あさぎとて、月夜に色の白いよう、多一は照らされた面色おももちだった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「早くしねえかい、べらぼうめ。」と叱るがごとくにいって、と縁側に出た、滝太郎はすっくと立った。しばらくして、あれといったが、お雪は蹶起はねおきようとしてともしを消した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
としみじみいって、ともしかぼうた身体からだわきへずらしながら、その一ペエジを差覗さしのぞいて
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小春のあいの淡い襟、冷い島田が、幾度いくたびも、縁をのぞいて、ともにともしを待ちもした。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思見おもひみる、磐梯山ばんだいさんけむりは、くもめて、やみ蓬々おどろ/\しけれど、だいなる猪苗代ゐなはしろみづうみうつつて、とほ若松わかまつみやこうかゞはれて、そこに、東山温泉ひがしやまおんせんなまめいた窓々まど/\ともしべにながすのが遥々はろ/″\のぞかれる。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)