たちばな)” の例文
また、ひとかごのたちばなの実をひざにかかえ、しょんぼりと、市場の日陰にひさいでいる小娘もある。下駄げた売り、くつなおしの父子おやこも見える。
そもそも病人というものは初めには柑子こうじとか、たちばな梨子なし、柿などの類を食べるけれども、後には僅にお粥をもって命をつなぐようになる。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雨夜あまよたちばなそれにはないが、よわい、ほつそりした、はなか、空燻そらだきか、なにやらかをりが、たよりなげに屋根やねたゞようて、うやらひと女性によしやうらしい。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
がんの卵がほかからたくさん贈られてあったのを源氏は見て、蜜柑みかんたちばなの実を贈り物にするようにして卵をかごへ入れて玉鬘たまかずらへ贈った。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
たちばなさかきうわった庭園の白洲しらすを包んで、篝火かがりびが赤々と燃え上ると、不弥の宮人たちは各々手に数枚のかしわの葉を持って白洲の中へ集って来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「嵯峨天皇弘仁年間山城の宇治に住んでいた僧だ。たちばな奈良丸の子とも云われ紀ノ名虎の子とも云われ素性ははっきり解らない」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その最中、八幡宮の一隅にある、甲良大明神こうらだいみょうじんの前のたちばなの木に山鳩やまばとが三羽とんでくると、お互に食い殺し合って死んでしまった。
学生2 (なぐさめるように)第一、たちばな先生がいけないんだよ。……いくらなんでも葵祭の翌日に試験をするなんて、あんまり非常識すぎるよ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
順も博学能文の人であったが、後に大江匡房が近世の才人を論じて、たちばな在列ありつらは源ノ順に及ばず、順は以言と慶滋保胤とに及ばず、と断じた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし平安朝廷の食膳を記した『厨事類記ちゅうじるいき』に獼猴桃をたちばなや柿とともに時の美菓に数えたれば、その頃は殊に賞翫したのだ。
美くしいたちばな湾が目の下に見え、対岸の西彼杵にしそのき北高来きたたかぎの陸地を越したむこうにはまた、湖水のように入込いりこんでいる大村湾が瑠璃るり色をたたえている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
一番これに近い例としては、神功紀・住吉すみのえ神出現の段「日向ひむかの国のたちばな小門おどのみな底に居て、水葉稚之出居ミツハモワカ(?)ニイデヰル神。名は表筒男うわつつのお・中筒男・底筒男の神あり」
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
たちばなの花の匂の立ちだした或夜、だいぶ更けてからだったが、私は自分にいろいろの事を言ってよこされる頭の君を
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
わたくしは母とは知らずに仲間のものから年増としまたちばな千代子さんという女のうわさを幾度も聞いたことさえありました。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たちばなの三千代夫人という。死後に正一位大夫人をもらった。この才女が藤原不比等ふひとに再嫁して生んだのが安宿媛アスカヒメ。衣の外に光が発するほど美しい娘であった。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
上から下方へ、また下から上方へ、絶えず楕円形だえんけいを描きつつ流転るてんしているわけだ。同様のことは小仏ながら、たちばな夫人念持の白鳳仏にもうかがわれると思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
生梅やたちばなの実をいで来て噛んだ。さみだれの季節になると子供は都会の中の丘と谷合にそれ等の実の在所をそれらをついばみに来るからすのようによく知っていた。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
五月雨頃さみだれごろの、仄暗ほのぐらく陰湿な黄昏たそがれなどに、水辺に建てられた古館があり、たちばなの花がわびしげに咲いてるのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
唯円 (じっとしていられぬように庭をあるく)たちばな様の御殿医ごてんいのお診察みたても侍医のお診察みたても同じことなのだ。寿命のお尽きとあきらめられよとのお言葉なのだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
(御名は衣通の王と負はせる所以は、その御身の光衣より出づればなり。)次に八瓜やつりの白日子の王、次に大長谷はつせの命、次にたちばなの大郎女、次に酒見さかみの郎女九柱。
内裏雛だいりびな、五人ばやし、左近さこんの桜、右近うこんたちばな雪洞ぼんぼり屏風びやうぶ蒔絵まきゑの道具、——もう一度この土蔵の中にさう云ふ物を飾つて見たい、——と申すのが心願でございました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
南京にいるわが駆逐艦は名も勇ましい『旗風はたかぜ』だ。艦長はたちばな少佐、播州ばんしゅう赤穂あこうに生まれた快男児である。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
翌年の夏の新守座出演は、水死した先代たちばなまどかが助演で、滋味ある「天災」や「三味線栗毛」の話風は、豊麗な六歌仙の踊りとともに、悠久に私の目を耳を離れまい。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
三樹八郎は金をしまって立上った。ひどい貧乏の中にたった一組だけ残った内裏雛だいりびなと、たちばな、桜、雪洞ぼんぼりが二つという、さびしい雛壇に燈を入れる、——昔を思うと夢のようだ。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
涼やかな軟風なんぷうにさざなみを立てている不忍池畔しのばずちはんの池添い道を、鉄色無地の羽二重はぶたえの着流し姿に、たちばなの加賀紋をつけた黒い短か羽織茶色の帯に、蝋塗ろうぬり細身の大小の落し差し
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これが左近さこんの桜、右近うこんたちばなと、見て行くに従って、そこに、樟脳の匂いと一緒に、何とも古めかしく、物懐しい気持が漂って、昔物のきめのこまやかな人形の肌が、いつとなく
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かの京都の紫宸殿ししんでん前の右近うこんたちばな畢竟ひっきょうこの類にほかならない。そしてこんな下等な一小ミカンが前記歴史上のタチバナと同じものであるとする所説は、まったく噴飯ふんぱんものである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
今日行われている名頭ながしらというもの、すなわち人の通称の吉というのはたちばな氏であります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうでもしないと、お客様の手前を誤魔化ごまかし切れないワ、一寸ちょっとの間だけ、久美子に繋ぎを頼んでは来たけれど——え、帝都劇場のたちばな久美子よ——あの人はドジだから心配よ、ね、ね
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
退いてその私を省みれば、なるほど自由主義は自由主義に相違なかるべしといえどもわが邦一種特別の自由主義にして、いわゆる江南のたちばなもこれを江北に移せばからたちとなるがごとく
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
誰があんな美しさを辞退することが出来よう、花もそうであるし、こがねいろをしているたちばなの実もそうであった。きしむような白い菜の幅の広い茎は妻のただむきのように美しかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
江南のたちばなも江北に植えると枳殻からたちとなるという話は古くよりあるが、これは無論の事で、同じ蜜柑の類でも、日本の蜜柑は酸味が多いが、支那の南方の蜜柑は甘味が多いというほどの差がある。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
金坊のお父さんは、講中の世話役だからたちばなのもようのお揃いの浴衣ゆかたを着て、茶博多ちゃはかたの帯をしめて、おしりをはしょって、白足袋の足袋はだしで、吉原かむりにして襟に講中の団扇うちわをさしていた。
庭のすみたちばなの花に、はちが音を立てて来てゐるしづかなひるのことでした。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
こないだ雑誌で読んだ西洋の婦人みたいにどこか戦争のあるところへ行つて怪我人けがにんの看病がして遣度やりたいですわ、さうでなければ、ソラ日本の歴史にあるたちばな姫みた様にお国に大切な人の身代りになりたいの。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
くしじようさまにもぞおよろこ我身わがみとても其通そのとほりなり御返事おへんじ屹度きつとまちますとえば點頭うなづきながら立出たちいづまはゑんのきばのたちばなそでにかをりて何時いつしつき中垣なかがきのほとりふきのぼる若竹わかたけ葉風はかぜさら/\としてはつほとゝぎすまつべきなりとやを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たちばなの香をなつかしみほとゝぎす
見せむとひし宿のたちばな
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
流れも寄るかたちばな
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
庭の たちばな
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「禅師様にも、松平元康もとやすどのにも、またその他の方々も、はやたちばなつぼにおそろいで、お館のお出ましをお待ちかねでございますが」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私とそでを合わせて立った、たちばな八郎が、ついその番傘の下になる……しじみ剥身むきみゆだったのを笊に盛ってつくばっている親仁おやじに言った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うずめられているたちばなの木の雪を随身に払わせた時、横の松の木がうらやましそうに自力で起き上がって、さっと雪をこぼした。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、その時平等院の東北のたちばなの小島が崎から武者二騎が激しく蹄の音を鳴らし、川を目指してまっしぐらに駆けよって来た。梶原と佐々木の二騎である。
姫にとっては、肉縁はないが、曾祖母ひおおばにも当るたちばな夫人の法華経、又其御胎おはらにいらせられる——筋から申せば、大叔母御にもお当り遊ばす、今の皇太后様の楽毅論がっきろん
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
小西行長は糸車か四目結——黒田が藤巴ふじともえで、島津は十文字、井伊がたちばなで、毛利が三星一文字、細川の九曜——西軍の総帥格宇喜多中納言と、裏切者の小早川秀秋は
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
薄い赤銅しゃくどうの延板を使って、どちらにも無雑作に井桁いげたたちばなの紋が、たたき出しで浮かしになっている。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼方此方かなたこなたに響く鑿金槌のみかなづちの音につれて新しい材木のやににおいが鋭く人の鼻をつく中をば、引越の荷車は幾輛いくりょうとなく三升みますたちばな銀杏いちょうの葉などの紋所もんどころをつけた葛籠つづらを運んで来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この人達は私に畑中の巨大な百二十畳敷けるという鬼岩おにいわを見せた上、小浜街道から自動車に乗せ、この人のために千々岩ちぢわ灘にたちばな湾の名を与えた湾頭わんとうの橘中佐の銅像を見せ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
さっきのたちばなの花の匂はそちらから頭の君がみすの近くまで持ち込んで来たのにちがいなかった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)