)” の例文
昔風の瓦葺かわらぶきの屋根、びた白壁などが並んだ落ち付いた町並みと、柳原あたりの(この辺は昔もあまり立派な町並みではなかったが)
けれども彼は落葉だけ明るい、ものびた境内けいだいけまわりながら、ありありと硝煙のにおいを感じ、飛び違う砲火のひらめきを感じた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ちえたところは物びている。奈良ならの大仏の鐘をついて、そのなごりの響が、東京にいる自分の耳にかすかに届いたと同じことである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お光の心はどんなに此の清い景色を吸い込んだであろう。冬が来る。景色はびれ行く。鴨の羽音冴えかえって胸にこたえる。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
水きよき多摩のみなかみ、南むく山のなぞへ、老杉の三鉾五鉾、とこびて立てらくがもと、古りし世の家居さながら、大うから今も居りけり。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
月の光、ゆうべの香をこめてわずかに照りそめしころ河岸かわぎしず。村々浦々の人、すでに舟とともに散じて昼間のさわがしきに似ずいとびたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
公使館の庭をかこむ五月の新緑の色がびた石の塀をこして一層こまやかに深く隣りの植物園の緑につづき溶けこんでいる。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
びた美音でうたい出したのは「大江山」の一ふしであった。と、今度は右のほうへヒョロヒョロヒョロヒョロとよろめいた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ちょうど天然の変色が、荒れびれたまだらを作りながら石面をむしばんでゆくように、いつとはなく、この館を包みはじめた狭霧さぎりのようなものがあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その間に月が変って十月になり、長い間降りつづいた秋霖あきさめれると、古都の風物は日に日に色を増して美しくびてゆくのがさやかに眼に見えた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それさえあるに、やがておとずれていた一堂の玄関もまたひどくびていて、いくど呼んでみてもいらえはなかった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お盆が濟んで、お月見が濟んで、世界はすつかり秋、赤とんぼと虫の聲と、下町の風物も、何んとなくものびます。
何となくびれて来た矢場の中には、古城に満ちあふれた荒廃の気と、なりを潜めたような松林の静かさとに加えて、そこにも一種の沈黙が支配していた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
絵の方とてもその通り、雲谷うんこく狩野かのうびもよかろう、時にはわれわれの筆のあとの、絢爛けんらん華美の画風のうちにも、気品も雅致もあるのを知ってもよいと思うがな。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
月よりも遠く見える空の奥に、シルラス雲がほのかな銀色をしてやすらっていた。びきった眺めだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さういつた風に余り髯を大事にし過ぎるので、自然仕事の方はおろそかになつて、店はびれる一方だつた。
茶室、学徒所化しよけの居るべきところ、庫裡くり、浴室、玄関まで、或は荘厳を尽し或は堅固を極め、或は清らかに或はびて各〻其宜しきに適ひ、結構少しも申し分なし。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一種のおごそかなびと戰慄とに追はれて驅け行き、豐似とよに川を渡つたところの物品販賣所に一服した。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
細々とびた風景よりは豁然かつぜんとひらけた荒廃ぶりの方が心にかなう。中宮寺から法輪寺・法起寺・慈光院への道、西の京のあたり、結局私はそちらへ心をひかれるのだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そのうえ、どことはなく人品骨柄こつがらに渋みがあって鍛えられたところがあって、えすらもがたたえられて、さすがは名取りの焼き人形師と思われる名工ぶりでした。
広き土間桟敷さじきびて人の気勢けはいもなく、橋がかりつややかに、板敷白き光を帯びて、天井の煤影すすかげ黒く映りたるを、小六はじッと見て立ったりしが、はじめてうるめる声して
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋の日を浴びている翁のびたひたいにも皺の数が殖えていないらしかった。物静かな山科郷の陶器師の家には、月日の移り変わりというものがないようにも思われた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
廓もしばらくの間にびてしまった。広い路に立並ぶ宏壮な屋並には、喪章に掩われた国旗がどんより澱んだまま動かずに垂れていた。三味の音も鳴物の響も聞えなかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
沼地につづいたこのあたりの軟らかい地面を揺らがして、地震のようにぐらぐらする。私はいつものびた心地のなかに、急に近代的の刺戟しげきを感じさせられるようにも思った。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
しかるに万葉から古今こきんを経るに従って、この精神には外来の宗教哲学の消極的保守的な色彩がだんだん濃厚に浸潤して来た。すなわち普通の意味でのびを帯びて来たのである。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
向島芭蕉堂の宗匠中村星知翁、真のび茶人で宗偏流、投入れは特にお得意の腕前。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
びた心境のなかに日向ひなたの町を歩いているだけで、言いかえれば、この、浅草の歳の市をひやかしてゆく、でっぷりとふとった上品なお侍は、南町の名奉行大岡越前守忠相ではなく
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
びたるの音に和し、陰惨たる海風に散じ、忡々ちゆうちゆうたる憂心を誘ふて犇々ひしひしとして我が頭上に圧し来るや、郷情うつとして迢遞悲腸てうていひちやうために寸断せらるゝを覚えて、惨々たる血涙せきもあへず
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其のスラリとしたで肩の姿を、田子たごの浦へ羽衣はごろもを着て舞ひ下りた天人が四邊あたりを明るくした如く、この名も知れぬびしい神の森を輝かすやうに、孔雀くじやくの如き歩みを小池に近く運びながら
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
びた深林しんりん背景はいけいに、何と云う好調和こうちょうわであろう。彼等アイヌはほろび行く種族しゅぞく看做みなされて居る。然し此森林しんりんに於て、彼等はまさあるじである。眼鏡めがねやリボンの我等は畢竟ひっきょう新参しんざん侵入者しんにゅうしゃに過ぎぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何故なぜかというに、俳句の一般的特色として考えられる、あの枯淡とか、びとか、風流とかいう心境が、僕には甚だ遠いものであり、趣味的にも気質的にも、容易に馴染なじめなかったからである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あるいは殺人の血にまみれた武士たちの、あの心の苦闘の叫び。あるいはまた、禅の深い影響の後に生まれたあの「び」のこころ。それらを我々は「女々しくはかない」と呼ぶことはできぬ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
だが新吉は美貌な巴里女共通のかすかなびと品格とが今更夫人に見出され、そして新吉はまた、いつも何かの形で人を愛して居ずにいられないこの種の巴里女をしみ/″\と感じられるのだった。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その明りの蔭に白い浴衣の女の姿がなまめいた袖のなびきを見せて立つてゐたかどもあつた。通りに出るといつもびれた塲末の町は夜店の灯と人混みの裾のもつれの目眩しさとで新たな世界が動いてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
庭が広くびていることなど、好いとなると一々気に入りました。
どうかするとはかまをはいた学校帰りの姿が、廊下の角にチラと見えることはあつたが、それもすぐに下座敷のびた状態に吸ひ込まれてしまふのが常だつた。「この家は厳格なんだな」と和作は思つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
下草に高山植物ばかり集めた庭もびたものだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一雨毎に、冷気を増してびれるばかりである。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大沙原おほすなはらは今さらに不動のけはひ、かみびぬ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
たえずひとびれた往還を歩み
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
冬かくまでにうらびて
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
勝峯晉風かつみねしんぷう氏の教へによれば、俳書の装幀さうていも芭蕉以前は華美を好んだのにも関らず、芭蕉以後は簡素の中にびを尊んだと云ふことである。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
水きよき多摩のみなかみ、南むく山のなぞへ、老杉の三鉾五鉾、とこびて立てらくがもと、古りし世の家居さながら、大うから今も居りけり。
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ち得た所は物びてゐる。奈良の大仏だいぶつかねいて、其余波なごりひゞきが、東京にゐる自分の耳にかすかにとゞいたと同じ事である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
みんな田の草を取りに行っていたし、留守番の女子供も午睡ひるねの真最中であったので、只さえびれた田舎町の全体が空ッポのようにヒッソリしていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この春の日向ひなたの道さえ、びれた町の形さえ、行燈に似て、しかもその白けたあかりに映る……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と自分の思わくとお浪の思わくとのちがっているのを悲む色をおもてに現しつつ、正直にしかも剛情ごうじょうに云った。その面貌かおつきはまるで小児こどもらしいところの無い、大人おとなびきったびきったものであった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平和にまどろんでいる東山、鷹揚おうように流れているかもの川、びた由縁ゆかりのあるたくさんの寺々、秋に美しい嵯峨さがの草の野、春に美しい白河のさと、人の心も落ちついていて、けわしい所などどこにもない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天心に近くぽつりと一つ白くわき出た雲の色にも形にもそれと知られるようなたけなわな春が、ところどころの別荘の建て物のほかには見渡すかぎり古くびれた鎌倉かまくら谷々やとやとにまであふれていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
芭蕉のいわゆるびとはびしいことでなく仏教の寂滅でもない。しおりとは悲しいことや弱々しいことでは決してない。物の哀れというのも安直な感傷や宋襄そうじょうじんを意味するものでは決してない。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)