鳥鍋とりなべ)” の例文
茶の間の大火燵こたつの上で、鳥鍋とりなべをつつきながら、誠ちゃん(宿の主人)も加わってよもやまの話。——田部さんは本当に追分がお好きらしい。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
長い間窓に腰をかけていたので湯冷ゆざめもする、火鉢の火を掻立かきたてて裏の物干へ炭団たどんを取りに行くとプンプン鳥鍋とりなべにおいがしている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まあ、行きあたりばったりの小料理屋で鳥鍋とりなべでもつついていたほうが無難かも知れない。それとも、どこか他にいいところを知っているかね。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日の暮れる前から何処の家でも申合わせたように雨戸を立ててしまった。黒いカーテンを張りめぐらした部屋ではくつくつと鳥鍋とりなべが煮えていた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「ゆくって云ったらゆくわよ」とおそのが云った、「お午になにを喰べる、いっそ鳥鍋とりなべでも取ろうか」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それに本人に逢ってみると、自分の気持もいくらか紛らされるような気がして、それから少したってから、三人で上野辺を散歩して、鳥鍋とりなべで飯を食い、それとなし小菊の述懐を聞いたこともあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この連中は提灯も何も持って来なかったが、来るとすぐふところからビラを出して、それをわきの「鳥鍋とりなべ」の横の壁板に貼りつけて、代る代る、長い髪の毛を震わせながら、腕を振り、声をからして演説した。