顛倒てんたう)” の例文
更にこの悲劇が単なる悲劇として終つてゐるのであるが、それはこの顛倒てんたうした嫉妬に当るだけの行為が、情婦に少しもないことである。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
見て、私も氣が顛倒てんたうしてゐたかもわかりません。小用場から戻つてから、箪笥の上に置いてあつた、白い物には氣が付かなかつたやうです
やまも、たにも、一時いちじ顛倒てんたうするやうひゞきともに、黒煙こくえんパツと立昇たちのぼる。猛獸羣まうじうぐん不意ふゐおどろいて、周章狼狽あわてふためいせる。
この一聯を尋常に云ひ下せば、「鸚鵡啄残紅稲粒 鳳凰棲老碧梧枝」と名詞の位置を顛倒てんたうしなければならぬ。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また不思議な顛倒てんたうではないか。かれは今まで消極的であつた自己を最早何処にも見出すことが出来なかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
父は私が遊び仲間から黒坊主と呼ばれてゐることを知つてゐたのだ。私は気も顛倒てんたうして咄嗟とつさに泥んこでよごれた手で鍬を振り上げ、父の背後に詰寄つて無念骨髄の身がまへをした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
あまりの事に顛倒てんたうしたのと、一家中毒の半病人揃ひだつたので、誰も死骸を屏風びやうぶかこふことさへ忘れたのでせう。
そして、この権衡は、常に平均を保つやうに——時には際立つた上下動があるにしても、それが全く顛倒てんたうしないやうによく平均を保つてゐるといふことが、最も必要であらうと思ふ。
新しい生 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
百合ゆりの死んだ驚きと悲しみに顛倒てんたうして、何を訊ねても、世間並の返事しか聽かれなかつたのです。
又、私達は事物の価値、顛倒てんたうを余りに気がつかずにすぎて来はしなかつたか。
自からを信ぜよ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
自分の言つた皮肉の爲とは、顛倒てんたうしたお樂には氣がつかなかつたのでせう。
あまりの事に顛倒てんたうして、とみには涙も出ない樣子ですが、佛の前に仕へる少しばかりの靜かな營みを離れると、唯もう十八娘の純情さに還つて、駄々つ兒のやうに錢形平次に訴へるのでした。
下谷車坂の呉服屋四方屋よもや次郎右衞門のところに二十年も奉公してゐるお谷といふ六十近い婆やさんで、余つ程の大事があつたらしく、すつかり顛倒てんたうして了つて、物を言ふのさへしどろもどろです。
志賀屋はあまりの事に顛倒てんたうして、少ししどろもどろです。