隠約いんやく)” の例文
旧字:隱約
しかし「コロンバ」は隠約いんやくの間に彼自身を語ってはいないであろうか? 所詮告白文学とその他の文学との境界線は見かけほどはっきりはしていないのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
谷から谷へ枝から枝へ飛び移って啼く鳥の心を隠約いんやくうちに語っている生前彼女がこれを奏でると天鼓も嬉々ききとして咽喉のどを鳴らし声をしぼり絃の音色と技を競った。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は世界を以て家とするの大規模ある空気を呼吸し、我は日本の外日本あるを知らざる鎖国的の小籌しょうちゅう齷齪あくさくたる情趣、隠約いんやくの間に出没し、ために隔靴掻痒かっかそうようの感なきあたわざらしむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
我邦では西洋の事物を持って来てもその運用法を知らんから随分隠約いんやくの間に鉛毒を受けている人があるかもしれない。今はなくとも水道の使用が長年に渡ると追々出来るかも知れない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それにむしろ東洋の芸術精神は実を徹して虚に放ったところにあるのだからね。隠約いんやくとか省筆しょうひつとかだ。で、実相の観入といったところで、単なる平面描写の写生とは少くとも格段があるのだからね。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)