藤八拳とうはちけん)” の例文
しかし宅のものは別段それに頓着とんじゃくする様子も見えなかった。私は無論平気であった。仮色こわいろと同時に藤八拳とうはちけんも始まった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また麦稈むぎわらの背広の、眼鏡の、ホワイトシャツの、藤八拳とうはちけんの、安来節の、わいわい騒ぎの眼と鼻と口との連中が、不意にその前途を塞がれたので、停ると、いきなり
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
するとくしの歯のように並連ならびつらなったそれらの桟橋さんばしへと二梃艪にちょうろいそがしく輻湊ふくそうする屋根船猪牙舟からは風の工合で、どうかすると手に取るように藤八拳とうはちけんを打つ声が聞えて来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
金五郎が、三菱の甲板デッキ番と、藤八拳とうはちけんを打っていると、仲居がそっと袖を引いた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
雑俳ざっぱい楊弓ようきゅう藤八拳とうはちけんから、お茶も香道も器用一方でかじり廻ると、とうとう底抜けの女道楽に落ち込み、札差の株を何万両かに売り払って、吉原に小判の雨を降らせるという大通だいつう気取りの狂態でした。
「それよか、善光寺ぜんこうじ境内けいだいに元祖藤八拳とうはちけん指南所という看板が懸っていたには驚ろいたね、長さん」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其のは、庭を越した向側の座敷で女を相手に頻と藤八拳とうはちけんを打つてゐる男の聲、例の如く聲色使こわいろつかひが裏通の處々に立留つては木を打つてゐたが、聞き馴れた其れ等の響がまだ深けもせぬよる
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)