泥濘どろ)” の例文
雪は紛々ふんぷんとして勝手口から吹き込む。人達の下駄の歯についた雪の塊がなかば解けて、土間の上は早くも泥濘どろになって居た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
梅雨つゆの間は二里の泥濘どろみちが辛かった。風のある日には吹きさらしの平野へいげんのならい、糸のような雨が下から上に降って、新調の夏羽織もはかまもしどろにぬれた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「すると、あの野郎に決まってる。旦那、わっしゃあ其奴に手を藉して、泥濘どろん中にめり込んで足掻あがきが取れねえでいるやつの自動車を持上げてやったんで——」
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
足先で探ると、水たまりや泥濘どろや投げ散らされ積み上げられた舗石しきいしなどが、感ぜられた。築きかけたまま見捨てられた防寨ぼうさいだった。彼はその舗石をまたぎ越して、防寨の向こうに出た。
他の友達は、下駄げたになって、泥濘どろの路石ころ路を歩いて居る。他の一人はかんなの台になって、大工の手脂てあぶらに光って居る。他の友達はまきになって、とうに灰になった。ドブ板になったのもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
泥濘どろの中にて彼等のためにやさしくひらいた花のおんみ
或る淫売婦におくる詩 (新字新仮名) / 山村暮鳥(著)
明方あけがたから降り出した雨なので、みちはまだそうたいして悪くなかった。車や馬の通ったところはグシャグシャしているが、拾えば泥濘どろにならぬところがいくらもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
泥濘どろの中にて彼等のためにやさしくひらいた花のおんみ
田植時分たうえじぶんには、雨がしょぼしょぼと降って、こねかえした田の泥濘どろの中にうつむいた饅頭笠まんじゅうがさがいくつとなく並んで見える。いい声でうたう田植唄も聞こえる。植え終わった田の緑は美しかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)