泡沫あぶく)” の例文
汁などに入れて食べるが、軽くてプクプク浮いている。歯ごたえもなければ、香りも、味も、そっけもない、泡沫あぶくの固まりのようなものだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
僕あどんな目論見を奴に話してやったか分るかい? 泡沫あぶくでも空中楼閣でもないんだ、そりゃもう、ちゃんと確実極まる、その肝腎かなめって奴さ。
マリ・デル (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
殊に縁日商人位泡沫あぶく銭の儲かる者は無い。僅か二両か三両の資本もとで十両位浮く事がある。尤も雨降のアブレもある。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
前刻さっき友だちと浜へ出て見た、そういえば、沖合一里ばかりの処に、黒い波に泡沫あぶくを立てて、さめが腹を赤く出していた、小さな汽船がそれなんです。)
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓に砕ける波が、たくさんの泡沫あぶくをつくる。その無数の泡が、さかんに躍りながら、窓ガラスの前をあがっていく。ラムネびんの中にはいったような感じである。
海底の散歩 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
慌てる紋は泡沫あぶくのよう。野袴のばかますそ端折はしょって、きゅうのあとを出すのがある。おお、おかしい。(微笑ほほえむ)粟粒あわつぶを一つ二つとかぞえて拾う雀でも、俄雨にわかあめには容子ようすが可い。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、またこの折には、あちらでも、こちらでも、ひそひそ話が泡沫あぶくに成って湧いたから、さまでに憚るでもなかったので、はっきりと聞えたのである。が、誰だか分らぬ。思い当る誰もない。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「その法学士の方をだな、——無い御縁がすさまじいや、てめえが勝手に人の縁を、あごにしゃぼん玉の泡沫あぶくを塗って、鼻の下を伸ばしながら横撫でにめけやあがる西洋剃刀かみそりで切ったんじゃないか。」
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)