我物顔わがものがお)” の例文
旧字:我物顏
振り向いて西の空を仰ぐと阿蘇の分派の一峰の右に新月がこの窪地一帯の村落を我物顔わがものがおに澄んで蒼味あおみがかった水のような光を放っている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ことばを厚うし、身を謙下へりくだっても後学のために見ておきたいと思っていたところでありましたが、神尾があんまり我物顔わがものがおに思わせぶりをするものだから
弘一君は一人息子なので、広い邸を我物顔わがものがおに、贅沢三昧ぜいたくざんまいに暮していた。親爺おやじは陸軍少将だけれど、先祖がある大名の重臣だったので、彼の家は却々なかなかのお金持ちである。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つまり鵜呑うのみと云ってもよし、また機械的の知識と云ってもよし、とうていわが所有とも血とも肉とも云われない、よそよそしいものを我物顔わがものがおにしゃべって歩くのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幇間たいこもちの正孝と表徳が帰った跡で、若草は伊之助が許嫁の女房を呼んで、我物顔わがものがおたのしんで居る、それゆえ叔母さんが往った時にも、自分が出て逢おうでもなく、不待遇ぶあしらいをしたうえ
「出すかね。」と、イムバネスが我物顔わがものがおに声をかけた。馭者はそれには答えずに
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
三尺さんじゃくを腰低く前にて結びたるあそにんらしき男一人、両手は打斬うちきられし如く両袖を落して、少し仰向あおむき加減に大きく口を明きたるは、春の朧夜おぼろよ我物顔わがものがお咽喉のど一杯の声張上げて投節なげぶし歌ひ行くなるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
身に金鉄のよそおいがあるわけではなく、腕に武術の覚えがあるわけではなく、時は、この物騒な江戸の町の深夜を我物顔わがものがおに、たった一人で歩くということの
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)