“対者(あいて)” の例文
時には怒りも憎(にく)みもします。しかしそれは私情の憎みや怒りとは違います。(私情で怒ったり憎(にく)んだりした時は直(す)ぐに私は自分に恥じます。そして対者(あいて)につつしんであやまります。)
このときに、執術者は常に被術者の顔面と文字とを熟視し、かつ、手の感覚に注意するのであります。かかる間に、対者(あいて)の心中を判断するものです。ちょっと西洋に読心術というのがあります。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
また、男女間の妬情(とじょう)に氏は殆(ほとん)ど白痴(はくち)かと思われる位(くらい)です。が氏とて決して其(それ)を全然感じないのではない相(そう)ですが、それに就(つ)いて懸命(けんめい)になる先に氏は対者(あいて)に許容を持ち得るとのことです。
それがまたなまじな小言(こごと)などよりどれほどか深く対者(あいて)の弱点を突くのです。また氏の家庭が氏の親しい知己(ちき)か友人の来訪に遇(あ)う時です、氏が氏の漫画一流の諷刺(ふうし)滑稽(こっけい)を続出風発(ふうはつ)させるのは。