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太功記
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たいこうき
ふりがな文庫
“
太功記
(
たいこうき
)” の例文
つづいて十一月には一番目『
太功記
(
たいこうき
)
』
馬盥
(
ばだらい
)
より
本能寺
(
ほんのうじ
)
討入まで
団洲
(
だんしゅう
)
の
光秀
(
みつひで
)
菊五郎
春永
(
はるなが
)
なり中幕団洲の
法眼
(
ほうげん
)
にて「
菊畑
(
きくばたけ
)
」。
書かでもの記
(新字旧仮名)
/
永井荷風
(著)
太功記
(
たいこうき
)
の色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が
金釦
(
きんボタン
)
のシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。
虚子君へ
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
日本の
演劇
(
しばい
)
で蛙の声を聞かせる場合には、赤貝を
摺
(
す
)
り合せるのが昔からの
習
(
ならい
)
であるが、『
太功記
(
たいこうき
)
』十段目の光秀が
夕顔棚
(
ゆうがおだな
)
のこなたより
現
(
あらわ
)
れ
出
(
い
)
でた時に
二階から
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
ところがそれがあんまり
善
(
よ
)
くできていないじゃありませんか。あるものは私の理性を
愚弄
(
ぐろう
)
するために作ったと思われますね。
太功記
(
たいこうき
)
などは全くそうだ。あるものは平板のべつ、のっぺらぽうでしょう。
虚子君へ
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
“太功記(絵本太功記)”の解説
『絵本太功記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本)は、江戸中期の人形浄瑠璃および歌舞伎の演目。近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒 合作、時代物、全十三段。通称『太功記』(たいこうき)。
人形浄瑠璃の初演は、寛政11年7月(1799年8月)大坂豊竹座。歌舞伎の初演は翌寛政12年11月(1800年12月)大坂角芝居中山座で、初演時の外題は『恵宝太功記』(えほう たいこうき、旧字体:惠寶)。
(出典:Wikipedia)
太
常用漢字
小2
部首:⼤
4画
功
常用漢字
小4
部首:⼒
5画
記
常用漢字
小2
部首:⾔
10画
“太”で始まる語句
太
太陽
太刀
太鼓
太息
太夫
太郎
太々
太腿
太閤